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溜まった土砂を撤去しています・・・

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 普段の生活圏外でのことはなかなか把握できないが三隅川に沿ったエリアでのこの看板は見逃せない。見つけると嬉しくなりそして安堵感が湧く。 このブログで時々取り上げている三隅川の「浚渫工事(しゅんせつこうじ)」のことだ。 今回の場所は三隅川上流域の中畑地区樅ノ木橋の下側で、ススキやヨシが侵食し川幅(流水域?)が狭くなっていた場所と記憶している。 川底に堆積した土砂をすくい取って水深を確保する、いわゆる川浚いのことだが工事名は「令和7年度三隅川緊急浚渫推進(河川)工事 第1工区」となっている。「緊急」となっていることが素人には分からないが「第1工区」というのが気になる。 上の写真はもう少し上流の桜久保の下辺りの様子。 ところでこの橋の名前だが中畑地区にあるのに「樅ノ木橋」となっている。すぐ下側の樅ノ木地区にも同名の「樅ノ木橋」があるのだがなぜ「中畑橋」と命名しなかったのであろうか?ひょっとして県道28号小郡三隅線が通る中畑バス停傍の橋(橋であることが分かりづらい)が「中畑橋」であるからかもしれないが紛らわしいことこの上ない。 それにしてもこの県道28号エリアから路線バスが姿を消してしまったのは遣る瀬無い思いだ。バス停がそのまま残っているのは余計に寂しさが増す。

扇山のこと

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 三隅民謡にも謳われた三隅の東端に位置する扇山。 「三隅町の歴史と民俗」には高畑山(514m)、俗に「扇山」、「奥大里山」ともいう、と記されている。(地理院地図は「扇山」) 滝坂の山中より 滝坂の山中より 下中小野より 下中小野より 県道287号三隅踏切手前より 扇山は見てのとおり丸っこい稜線でどこが頂上かわかりづらい。その稜線から三隅は朝日が昇ってくる。三隅民謡「扇山から」の謳い出しは「扇山から三隅は明けて」である。先人たちは素晴らしい感性を持っておられる。 令和8年の元旦の予報は天候が悪そうだったので昨年末に撮影した写真を載せてみる。

年の瀬になると思い出すこと

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 早いもので令和7年も残り5日を切った。歳をとったせいかこの時期になると毎年のように思い出すことがいくつかある。その中でも近年のことで特に印象に残っている記憶がウェーブの閉店のことだ。 ウェーブは2019年12月31日に閉店した。あれから6年も経ったのかと時の流れの速さに驚く。 2023年3月 解体寸前のウェーブ 2019年10月 閉店前の頃 2019年10月 閉店前の頃 ウェーブは平成3年(1991年)10月にオープンして約28年間長門市駅南開発地の中心となってきた商業施設だった。 今は跡地にアルクがやってきてすっかり馴染んでしまっている。 [後記]ウェーブで個人的に特に記憶にあるのがミュージックショップAttack(アタック)で開店当初によく足を運んでいた。と言いながらウェーブ内のどこにお店があったのか記憶から飛んでいる。2階にあったことだけは分かるが書店のあった所かおもちゃ屋さんのあった所か思い出せない。我ながら情けない。

三隅川下流域の野鳥たち~2025年冬

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 早いもので2025年も残り2週間を切った。寒い日と少し暖かい日が交互にやってくる初冬、冬によく見られる野鳥たちを三隅川下流域で追いかけてみた。 ゴイサギ(幼鳥?) ホオジロ カワラヒワ マガモ ハクセキレイ マヒワ アオサギ ミサゴ カンムリカイツブリ オオバン カワウの集団 ゴイサギの幼鳥はハシビロコウのようにジッとして動かない。 見つけた中でもミサゴは鯔(ボラの子)の捕獲に何度もダイビングをしていて見ていて飽きない。 カワウがいくつもの集団で行動している。以前より個体が増えているように思うがアユがいなくなるのでは?と心配だ。 川に流出した土砂が堆積して三隅川下流域の地形や風貌が変わってきている。下流域ほど徹底した川浚えが必要だと思うが素人的な思考であろうか。三隅川は桂木山中腹(源流は標高450m辺り)から始まりそこから河口まで単純に距離を測るとおよそ18Km程度の河川だが途中何箇所もの支流が交ざる。土砂がたまるはずだ。

萩の権現山

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 今回は三隅の権現山ではなく萩市(旧・阿武郡福栄村)の権現山(463.8m)のこと。 霞が無ければ見島まで見えると聞くこの権現山の山頂には金峰神社が祀ってあります。 山頂の鳥居と祠 参道 よく整備された登山道は金峰神社への参道です。 倒壊している参道の鳥居? 山頂の神社 近影 境内となっている山頂広場 山頂から見る萩市内 一等三角点 この権現山は一等三角点が埋設されており、三角点名は「唐人山」です。以前にも書き込んだことがありますが唐人山は隣に聳える山の名前です。何か訳ありの山のようです。 登山口には「金峯」という地名(集落名?)があるようで山頂の神社の名前も扁額には「金峯神社」と刻んであります。しかしながら登山口近辺の案内看板には「金峰神社」と書かれていました。 日本の山々には、特に山頂には「祈り」の場所が多く存在します。これは日本独自の文化だと思っていますが名前のある山には皆神様がいらっしゃるとのこと。なんてすばらしい文化だろう。私の里山歩きの真骨頂は此処に在ります。

三隅電報電話局のこと

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 昭和30年に建設された三隅電報電話局の建屋が今年(令和7年)解体された。70年が経過したシンボリックな建物だった。 見慣れた建物が無くなると寂しいもので、時代が平成になった頃?からはシルバー人材活用センター三隅事務所となって再活用されていた建屋だ。 2018年の頃-1 2018年の頃-2 取り壊す前に中の様子を見たかったが電報電話局の時代の設備はたぶん無かったであろう。当時の電話交換機でも残っていたら見たかったと思うが残念だ。 整地された跡地 新築の頃の写真が広報に掲載されていたのでここに残す。 三隅町広報より切抜き ところでこの建物の敷地内に水準点が埋め込まれていたのだが無くなっている。 水準点があったということは、元々前の道路が国道か主要道であったことを仄めかす。三隅バイパスが出来て県道になってしまったが今も通行量は多いと思う。

いこいの森夫婦岩から

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 平地のイチョウも葉が散ってきて今年もいよいよ12月となった。低山の山歩きに一番適した季節と勝手に思っているが天候に恵まれると楽しさが倍増する。 今回は久原山トレックの一部、いこいの森のピーク夫婦岩(211.2m)からの風景2枚。撮影は11/30。 北西側、眼下に野波瀬港、仙崎湾の向こうは青海島。 南西側を臨むと天井山系(左から天井山、秋芳大谷山、大滝、一番奥は花尾山)が一望できる。先日書き込んだ「分水嶺」の稜線だ。これらの山々を私は勝手に三隅アルプスと呼んでいる。標高600m越えの屏風状の山系で、日本アルプスの五分の一サイズだが実に雄大な風景だ。 追記: 「夫婦岩」と呼ばれているこのピーク地点(三角点名も「夫婦岩」)にはそれらしき岩はありません。ここから見える熊野権現社の裏山の頂上近くに夫婦岩があってそれが見えたことから「夫婦岩」と名付けられたとの事。