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5月, 2020の投稿を表示しています

浅田小学校前のお店

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浅田小学校校門の前にシンボル的なお店がある。 今はお店の姿を変えていらっしゃるが、この頃はまだ通学用?の歩道が存在していない。 2013年06月23日撮影-1 2013年06月23日撮影-2 歩道を作るためにお店の正面をカットされたかのように少し引っ込んだ格好に今はなっているが、この頃がちょっと懐かしい風景になってきた。 小学校の真正面にお店があることがとっても良くて、浅田小学校の歴史と共に歩んでこられたことを感じる。 (お店のご関係者の方々へ:勝手に撮影したことを何卒ご容赦いただきたく存じます。) そして道路向いの浅田小学校は・・・ 2013年06月23日撮影-3 百葉箱のある風景も県道から撮影。とっても小学校らしい。

軍馬の碑はひっそりと

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昭和18年(1943年)に出征軍馬の功績を残そうとして建設された「軍馬の碑」はひっそり?と建っている。世界中が狂っていた時代のこと。 昭和の頃 2020年05月13日撮影 部分拡大 香月泰男画伯が本召集され入隊した年のことだ。そして画伯結婚5年目の32歳の年。 私が想像するに画伯はこんな「碑」は見たくもなかったであろうと思う。「 わたしは国より 家族のほうが大切であると思ふ。 」と言わしめた言葉が今の時代も身に染みてくる。 「コロナ」で狂っている今、敢えて撮影してみた。

駅舎の姿

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以前にも少し触れたが、 長門三隅駅 の姿が寂しくなって、そして温もりを感じなくなって何年の月日が経つだろうか。 2017年06月19日撮影 駅舎の正面入り口はシャッターが閉まりっぱなし。 (これが一番良くない) そして駅の入り口は建屋の右端に追いやられ、何とも寂しい風景になってしまった。 こんな駅って見たことない。 駅舎からホームまでの構造がとってもよく似ている 玉江駅 と比較してみる。 2019年05月13日撮影-1  開けっぴろげでそしてきれいだ。風景色も暖色で温もりを感じる。 ちょっと寄って行こうという気になる。 2019年05月13日撮影-2  油絵?の展示もされており地元の方々の愛着心も感じる。 2019年05月13日撮影-3 2019年05月13日撮影-4 出口正面に食堂があるのが最高に良い。 田舎の駅はこうであってほしい。 この玉江駅は以前は待合室にキヨスクの売店があったのだがいつの間にか無くなっていた。 そういった経歴を乗り越えて今の姿があるのだがそんなに寂しい感じはしない。

堀之内バス停のドラゴン

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秋芳町岩永に堀之内という地区がある。 ここのバス停の傍にいるドラゴンは地区の守り神のようだ。 2020年05月17日撮影-1 2020年05月17日撮影-2 2020年05月17日撮影-3 この大きなムクノキは旧秋芳町指定の「大ムク」で地元自治会が守ってこられたようだ。 すぐ傍には祠が巨竜を宥めるように祀ってある。 落葉した裸の冬の姿も良いが晩春の竜が吠えているような姿も素敵だ。 2020年05月17日撮影-4 先日アップした桂木山のカツラ同様に気になる大樹だ。 美しい里山の多い秋芳町には知られざる名勝地がたくさんある。

昔ながらの風景(追想)

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最近なかなか見かけなくなった畦道沿いの土水路。 2016年06月19日撮影-1  このようにコンクリートが一切ない土の用水路(又は川)は殆ど見かけない。 河川改修や農業用水路の改良工事などでコンクリートで固められた水路や川ばかりになってしまったが、このような場所はなかなか見れない。維持管理するのにとっても手間がかかるので少なくなってきた。 こんな用水路でフナやナマズを獲っていた。時にはモクズガニも発見できた。運が良ければウナギも獲れた。そんなことを思い出しながら眺めてみるが生き物らしき姿はカエルと赤べこ(イモリ)しか発見できなかったことを追想する。 2016年06月19日撮影-2 昭和の時代のままのお店。自分が入り浸っていたお店は既に解体されて姿を消したがこのお店は今でもこのままだ。そして藤棚の下の休憩所も昔のままで素敵だ。 この道を通るときはいつも確認するように見入ってしまう。 色々と便利になってきた平成の時代からさらに令和へと移り変わる中で昭和の遺産を維持管理することの難しさを乗り越えての姿だと思う。 そしてこのような風景や建物を残すには維持管理の努力だけではなくセンスが必要で、けっして馴染まないものを置いたりしない。 最初の土水路にしても風景の中に余計なものが無い。畦の草を刈っていてフッと振り向くと納得の風景がそこにある、という満足感が得られないと残って行かない。

野波瀬の西波止場から

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晴れたと思えば午後からは嵐のような風が吹き晒したり、最近はへんてこな天候が繰り返し起こる。 少し晴れた日の野波瀬の西の波止場からの風景。 2020年05月14日撮影-1  東の堤防を眺めるとバックに「いこいの森」の野地山が見える。 2020年05月14日撮影-2 正面の市場の背景は久原山の北側の尾根になる。 2020年05月14日撮影-3  北東側は幸島や松島の先端が見える。松島は「島」ではなく陸の地名だ。太古には島だったのかもしれない。 2020年05月14日撮影-4 三隅の字名に残る「生島(いかしま)」や「小島(こじま)」、さらに「松島(まつしま)」はすべて「島」だったのかもしれない。 2020年05月14日撮影-5 仙崎湾を隔てて正面は青海島の通地区になる。海路で見るとこんなに近いが陸路で行くととっても遠い。 2020年05月14日撮影-6 灯台越しに松島を眺める。 2020年05月14日撮影-7  西側の地蔵崎方面を眺める。 2020年05月14日撮影-8 野地山をズームで撮影。 2020年05月14日撮影-9 漁協の建屋のバックに二条窪の背となる「岳ノ山」が頭を出す。 [後記] 何年か前に三隅で生まれ育った30代後半の方と幸島(こうじま)のお話をしていて、「幸島ってどこ?」の質問に衝撃を受けたことを思い出した。 40年近く三隅で暮らしていて「幸島」という地名に出会わなかった?ことが衝撃で、興味の対象や価値観の違いって人生を変えるほどの要素を持っていることにあらためて気づいた。 そういえば自分も学校で地元の地形や民俗について習った記憶もないし、ましてや先生方も他所の方が多くいらっしゃったわけで教科書通りの授業しか無かったように思う。これはそれらのことを否定しているのではなく、結局は自分の体験や出会いによって興味の対象は大きく左右されるということになるわけで、自分もまだ出会っていないことが多くあるのかもしれない。

苔の山道

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早朝の湿度が100%の日に地元の山に入り込んだ。 2020年05月05日撮影-1 2020年05月05日撮影-2 2020年05月05日撮影-3 2020年05月05日撮影-4 2020年05月05日撮影-5 今の時季、一年を通して一番「苔」が生き生きとした美しさを見せる頃であろうと思う。その瑞々しい苔が木漏れ日を浴びて山道を彩る。 岩の隙間からはヤマアカガエルの鳴き声が響いてくる。まるで鶏が岩陰にいる様だ。 沢山の木霊に導かれるように苔の小道を登っていく。

小島の風景

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仙崎湾に面した小島漁港の風景が少し変化してきている。 2020年05月12日撮影-1  何か違うと思ったら家並みが変わってきていた。 2020年05月12日撮影-2  電柱が増えたと思ったら帆柱?のようで、記憶の風景と何かが変わっている。 2020年05月12日撮影-3 青海島の高山が港湾の出口方向に見える。ここはいつもの風景だ。 2020年05月12日撮影-4 この小島漁港はすぐ隣にフィッシャリーナ小島というボート・ヨットハーバーがある。地元民以外の出入りを考慮してのことと思うが海洋レジャーにも気遣いが必要となっている。とにかく目に見えない敵が相手なわけで、他所から来ないでいただきたいということだと理解する。 早く終息することを願うばかりだ。

矢ヶ浦山に沈む夕陽

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今の時季、豊原跨線橋から夕陽を観ると矢ヶ浦山の山頂に沈んでいく。 2020年05月13日撮影-1  軌条に照らされた輝くラインが長門三隅駅まで突っ走る。 2020年05月13日撮影-2 2020年05月13日撮影-3 2020年05月13日撮影-4 矢ヶ浦山の山頂(279.2m)に沈みゆく夕日は稜線を鮮やかに見せてくれる。 小浜峠に隠れるが、この直線状に「ルネッサながと」が位置する。 ひょっとしたらルネッサから観ると深川湾の背景にもっとくっきりとした稜線が現れるかもしれない。

飯井駅の風景

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飯井駅はJR山陰本線の三見駅と長門三隅駅の間にある棒線駅だ。 2020年05月10日撮影-1  路線バスも入らない飯井地区は交通弱者にとっては唯一の移動拠点となっている。ただし上下とも1日に8本程度の列車本数であるためか利用客は少ない様子。(早朝や夜間は見ることが無いので実際は分からない。) 下りは9時30分過ぎから13時過ぎまで4時間近く、上りは10時から15時まで5時間以上も列車が来ない。つまり昼間はほぼ廃線状態だ。 ということは東萩~長門市間も似たようなものと思えばよい。 2020年05月10日撮影-2 2020年05月10日撮影-3 2020年05月10日撮影-4 2020年05月10日撮影-5  勝手ではあるがずっと残してほしい駅だ。 石組みの波止場から水無浴を眺める。 2020年05月10日撮影-6 上の写真のように水無浴に跨るように通っている萩・三隅道路(国道191号)の高架のすぐ海側にJR山陰本線が並走している。 浴の一番奥に見える山は鉄塔があるのでたぶん西畑山(386.6m)で、その向こう側は三隅の兎渡谷や宗頭地区になる。 古の時には行き来があったのかもしれない。

日暮れ前の風景

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最近毎日のように強風が吹き晒す。先日も台風並みの暴風で家の周りは枯れ葉と飛来物でゴミ屋敷となった。 少し風が止んできた日暮れ前の風景。 2020年05月12日撮影-1 2020年05月12日撮影-2 2020年05月12日撮影-3 2020年05月12日撮影-4 日本には夕暮れ時の表現がたくさんある。 それも季節ごとに変化する。さらに場所によっても違ってくる。 この時刻、例えば都内ではすでに黄昏時か逢魔時 (おうまがどき) かもしれない。 ましてや先日の沖縄のように土砂降りでそんな悠長なことは言ってはおれない時刻なのかもしれない。 そのような事を考えたときに「一瞬の穏やかな時」に出会えたことが嬉しくなる。

麦秋の候

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秋芳の町に今年も「麦秋の季節」がやってきた。 2020年05月11日撮影 時には水田、時には麦畑さらには蕎麦畑と四季折々変化する八代の田園風景は画に描いて残したいほど素敵だ。 昨年の5月末の風景を見ると、もうすぐ「麦秋の候」という書き出しが出来なくなることがわかる。 2019年05月25日撮影 それにしてもなんて素敵な風景だろう。秋芳八代の住民の方々のセンスの良さが光っている。