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9月, 2020の投稿を表示しています

三隅の祠とお地蔵様~舟戸、蓼原辺り

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 豊原の舟戸は簡単な言い方をすると昔の代官所前(又は勘場)の船着き場で、大そう賑わっていた時代があった場所であろう。 今回はその舟戸(船戸)近辺の三隅川の土手にいらっしゃるお地蔵様の風景。 まずは船着き場であった舟戸のお地蔵様。 2007年02月21日撮影 2019年12月16日撮影 2020年02月14日撮影 蓼原に近い土手にもいらっしゃる。 2019年01月19日撮影 2020年04月15日撮影 そして土手の一番下側のお地蔵様。 2019年01月10日撮影 2020年03月03日撮影 皆三隅川の土手に並ぶように鎮座されているが水難事故に由来するものがあるのかもしれない。東関渕(舟戸の対岸)からこの辺りは自分が子供の時代にもかなりの水深があり、今のように川底など見えなかった。それこそ「エンコが足を引っ張る」と言った話でも残っていそうな場所であった。三隅川は台風でも来ない限り今は穏やかな川になった。

秋吉台の秋

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 秋吉台に秋の風景が見られるようになった。夏草がまだまだ蔓延ってはいるが徐々にススキが表面を覆ってきた。秋分の日のことだ。 2020年09月22日撮影 2020年09月22日撮影 2020年09月22日撮影 空もすっかり秋色で、何とも清々しく気持ちが良い。 晩秋にもう一度散策してみるつもりだ。 ところで・・・ 2020年09月22日撮影 上の写真の「WELCOME」と言っていたのは下の写真の「GODZILLA」だ。 2020年06月21日撮影 先日の台風10号でさすがの怪獣さまも倒壊?したようだ。シンボリックな物が無くなるのは寂しい。

長門三隅駅の百日紅

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 百日紅と書いて「サルスベリ」と読む、と言いながら樹木図鑑を見ると別名「ヒャクジッコウ」と記されている。 その百日紅の花が咲くのを昨年来待っていて少しだが撮影できた。 2020年09月23日撮影 2020年09月23日撮影 2020年09月23日撮影 2020年09月23日撮影 別に珍しくも無いのだろうが、私にとっては「長門三隅駅前にある百日紅」ということがとっても大切な事なのです。 2020年09月23日撮影 2003年01月25日撮影 過去ログの写真を比較のためにもう一度残す。 随分と様子が変わってしまったが樹木も17年が経つと姿が全く違ってくるようだ。

三隅の祠とお地蔵様~沢江・沢江大歳社

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  沢江大歳社の勧請は、慶安三年らしい。 2020年09月14日撮影 2020年09月14日撮影 2020年09月14日撮影 沢江のお地蔵さまは公会堂のすぐ裏手にある。 2020年06月15日撮影 2020年09月14日撮影 2020年09月20日撮影 2020年09月20日撮影 山陰本線がお地蔵様の背を走っている。撮影時刻とアングルを考えていたらもう少し良い画が撮れそうだったがなかなかそうはいかなかった。 それにしても大きなお地蔵さまだ。

三隅の祠とお地蔵様~久原

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 久原山の山頂に小さな祠(ほこら)がある。元々は扉があったようだが今は無く、中は空である。 2020年04月28日撮影 この祠の御神体?は山麓の大歳社に収められていると思われる。 下の写真が大歳社の様子。 2017年03月03日撮影 2017年03月03日撮影 かつての久原集落は山の中腹まで集落があったとのこと。山頂までの道のりは今ほど険しくなく、参拝する者も多かったと思われる。 久原大歳祭は毎年9月28日に欠かさず執り行われる。 そして下はその久原地区のお地蔵様。 2018年02月15日撮影 2018年02月15日撮影 とってもきれいにお世話をされている。目の前の三隅川の様子を伺うように、また背の屹立した久原山を守るように鎮座されている。 これらの風景だけで色々なことが偲ばれる。

沢江の大歳社

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 平成24年(2012年)に地元自治会にて寄付を集めて再建された沢江の大歳社は、村田清風の墓がある大歳山の北端にある。 2020年09月14日撮影 2020年09月14日撮影 2020年09月14日撮影 2020年09月14日撮影 安全・豊漁並びに五穀豊穣の守護神であるらしいが、確かに目の前の沢江湾が豊漁祈願を物語っている。沢江踏切のすぐ横には小型の船舶が上げてあるが出漁する姿を見たことは無い。かつては廻船や漁をする小舟が賑わっていたのであろうと思う。そういえば数年前まで赤煉瓦製の釜揚げ?用煙突がこの前の海岸に建っていたことは記憶にある。今はその気配も無くなってきている。 鳥居の下に見える鉄道が開通してからは廻船業や旅籠も廃れていった。皮肉なものだ。

神々しい権現山

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 確か1年前にアップした写真だと思うがもう一度載せることにした。 2019年08月13日撮影 2019年08月31日撮影 2019年09月21日撮影 2019年09月21日撮影 まるで三隅の守護神のような雄大な山だ。 兎渡谷神楽舞は十月十三日夜、兎渡谷権現祭で奉納される。古くは 権現山の山頂 で夜通し舞った。権現社が山頂に在ったのは文安元年~元亀三年の間(1444年~1572年)である。かつて谷口村(兎渡谷)は船で往来でき、山頂の権現社からは日本海が見下ろせたことから、五穀豊穣や牛馬安全に加え、海上安全も祈願する。 (参考文献: 三隅町の神楽舞) [兎渡谷厳島神社と神楽舞] 権現社といわれ、至徳元年(一三八四)に御祭神、端津姫命、市杵島姫命、田心姫命、の三座と速玉男命、事解男命を 高尾山(現・権現山) に勧請し祀った。のち元亀三年( 一五七〇)に新宮に遷し神楽を奏じて通夜したところ霊兎が現われ、 高尾山(現・権現山) へ渡るのをみて霊感を感じ、谷口村を兎渡谷村と言うようになった。神楽舞は毎年十月十三日夜奉納されている。舞の曲目は二十四、で山伏神楽を基本に石州神楽が入った里神楽で、神事舞、願舞、狂言舞、神楽の本来の形を持つ舞で滝坂神楽舞とは曲目の順位や名称が多少違い、太鼓も一調早い神楽舞である。 兎渡谷バス停前から三軒家横の山道 (権現山の北側の山) をのぼり更に山水の流れる石ころ道をのぼること約八〇〇米、熊野権現宮の扁額のかゝつている鳥居が建っている。鳥居下より見上げるような急坂の立派な参道の石段が連なり一三五段を上りつめると兎渡谷権現社の社殿がある。このお社は 三隅八幡宮の末社 で御祭神は天照大神が御弟君の黔か噸尊の心の清明きことを誓約し給うた時に生れました神で、海上守護を司どられる湍津姫命、市杵島姫命、田心姫命の三座で相殿として速玉男命、事解男命がお祀りしてある。 「八幡宮並末社由来家普控」の中に書いてある「兎渡谷村大権現宮由来」に抑兎渡谷鎮守大権現と申し奉るは天神第七代伊弉諾尊、伊弉冊尊の御子にて速玉男尊。事解男尊の二神にて根元熊野三所大権現宮、同体の神也。頃は文安元年( 一四四四)大宮司従五位下古屋権少輔橘朝臣成重、高尾山へ勧請しけるとかや。此神陽神にまします故か 高尾山 より見下す海上東国北国の来船、若穢れ不浄の輩ある時は俄かに大風吹起り、神鳥飛び来りて羽

三隅インターチェンジの風景

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 萩・三隅道路が萩インターチェンジまで開通して9年が経った。(無料区間です。) 三隅に住んでいると本当に便利で、よく利用させていただいている。 ところでこの三隅側の入り口の三隅インターチェンジの構造が奇怪でいつも理不尽に思っている。 2015年09月22日撮影 2015年09月22日撮影 元々国道だった位置からI.C.を眺める。権現山がどっしりと聳えていてとっても素敵な風景になっている。ここまでは良いのだが・・・ 2015年09月22日撮影 萩、小郡方面から来て下関方面に向かうと案内板やカーナビのために手前の飯井方面に曲がってしまう方を時々見る。 2015年09月22日撮影 2015年09月22日撮影 ゴールデンウイークや連休の時季は、この近辺の信号機のない旧道や脇道から地元の方々が車で出てこれないほど混み合う。 google map 航空写真より 将来を見据えてこのような構造になったのか分からないが、10年近く経ってもこのままなのでたぶん変わらないであろう。

清風神社のこと

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 村田清風記念館のすぐ横に祀られている清風神社は、元々は三隅山荘内に在った。昭和16年(1941年)に国の史跡に指定されるにあたり「御霊屋と鳥居を山荘敷地外に移転のこと」との条件を満たすため現在の位置に移転されたとのこと。 2020年09月14日撮影 2020年09月14日撮影 社殿の向こう側には三隅湾(仙崎湾)が拡がる。 2020年09月14日撮影 1984年 清風祭 上の写真は昭和59年の清風祭の様子と思われる。 周囲の風景がかなり違うが今の村田清風記念館(平成7年完成)が建つ前の様子だ。