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5月, 2018の投稿を表示しています

町道浅田1号線

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平成元年(1989年)2月に 途中まで開通 した三隅バイパス(国道191号線)は町道浅田1号線で旧国道と結ばれていた。 2000年発行の昭文社の地図を引用 上の地図にはこの「町道浅田1号線?」に該当する道が無いが名称が違うのかもしれない。 平成2年10月1日発行の国土地理院の地形図を引用 つまり小島に行く道につながる、平野踏切を亘る道のことだ。 その浅田から三隅バイパスに向かうこの道の風景が好きで、わざわざ通ることがよくある。 鉄割山を眺める 2018年05月22日撮影-1 下っていく風景 2018年05月22日撮影-2 町有林?の風景 2018年05月22日撮影-3 小島を眺める 2018年05月22日撮影-4  バイパスに突き当たる 2018年05月22日撮影-5 水田の風景 2018年05月22日撮影-6  浅田集落を臨む 2018年05月22日撮影-7 バイパスから下りていく風景も、浅田から上がっていく風景も両方ともに好きで、ウォーキング(散策?)によく利用している。 【参考】 1989年(平成元年)2月27日、町道浅田1号線~長門市小浜間2.3Km開通。 1994年(平成6年)3月30日、浅田~中村間3.2Km開通(全面開通)

秋芳の小学校のこと・続き

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今年の3月の終りに「 秋芳の小学校のこと 」という書き込みをしたが、その中で偶々通りかかった「嘉万小学校」の写真を載せた。 内容をまとめると・・・ 秋芳の「 別府小学校 」と「 嘉万小学校 」の2つの小学校が統廃合されて2016年3月末で閉校した「秋芳北中学校」跡地に新たに「 秋芳桂花小学校 」がスタートした、ということなのだ。 【参考】 2016年3月末に「秋芳北中学校」と「秋芳南中学校」が統廃合して秋芳南中学校が「 秋芳中学校 」となったらしい。 ところで私は別府小学校を遠くからしか見たことが無かった。 昨日近くまで行ったついでに寄ってみた。 2018年05月27日撮影-1 2018年05月27日撮影-2 上の写真の部分拡大 2018年05月27日撮影-3 2018年05月27日撮影-4 2018年05月27日撮影-5 恰好が良く印象に残る建屋で、日曜日であったが人気(ひとけ)のないことが改めて廃校を思い起させた。 別府小学校と嘉万小学校は共に今年(2018年)の3月25日に閉校式を行っており、さらにその歴史を追うと創立は2校共に1873年(明治6年)のようだ。 (「創立」はネットで調べただけで確証はありません。) いろいろと経歴はあっただろうが創立145年目にして廃校となったようだ。 「秋芳桂花小学校」の命名の元になったと聞いた「桂木山」と「花尾山」という2つの名峰がある。 その内の 花尾山山頂 に別府小学校の「閉校記念登山」と記された立板があった。 2018年05月20日撮影-1 立板拡大  これも一つの歴史だと思った。 登った方々は父兄や先生方も含まれていたと想像するが一生の思い出になったことだろう。 花尾山から眺める 秋芳の町並 2018年05月20日撮影-2  花尾山から眺める 桂木山 2018年05月20日撮影-3 近いうちにこの2つの名峰のことをじっくり書き残したいと思っている。

久原山のこと

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昨年から久原山のことで国土地理院の地形図とにらめっこしていろいろなことを考えていた。 まず以前からの疑問点なのだが・・・ 地形図にある「久原山」と書かれている204m地点 はみんなが言うところの「久原山」と違うのではないか?という疑問を持っていた。 地形図における谷や尾根、コルの位置が昨年登った時のイメージと随分違っていたことに気がついて、それ以来今度は地形図を手にして登ってみようと思い立った。 (昨年登ったときはFさんという久原山の達人が一緒だったので地形図を持参しなかった。) もう一つは、久原地区からではなく、 向山地区からのルートを辿ってみたい、 そして 地形図にある204m地点に行ってみたい という妄想が膨らんできたのだ。 ということで実際に登ってみた。 地理院の地形図を引用 ①スタート地点は向山だ! 2018年05月25日撮影-1  最初の引用図にあるように向山からの上りルートは、道なき道と云うより途中から人が入った形跡がなく自分で登りやすい斜面を探しながら上がっていく 最悪のルート で、写真を撮影する気にもならなかった。上の図の赤い線は最短ルートを示しただけで、実際は鉄道のスイッチバック方式のようなルートで上って行った。 初心者は絶対にこのルート(向山から)を選択してはいけません。普通の山歩きの3倍ぐらい疲れます。 ②やっと尾根に到着 2018年05月25日撮影-2 ③地形図の204m地点を目指して尾根道を歩く。 2018年05月25日撮影-3  途中、こんなポール(杭?)が在った。 2018年05月25日撮影-4 案の定、地形図の204m地点は伐採がされていなく、まったくの見通し不良なので撮影せずに「④展望地点」を目指して尾根道をバックする。 尾根道を阻むこんな倒木があった。 2018年05月25日撮影-5 ④やっと皆さんが言うところの「 久原山 」に到着。 2018年05月25日撮影-6  こちらも高度計で確認すると203m程度だ。祠があるのでこちらが「久原山」だ。地形図は連峰として記入されているだけかもしれない。 明倫小学校側の展望 2018年05月25日撮影-7 三隅川河口~仙崎湾側の

夜明けの久原山

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新緑が徐々に色濃くなっていくこの時期、お日様の軌道が上の方になっている。(表現は妥当ではないが「上」になっていると言いたい。) お日様が出てくる時刻に散歩をすると、周りの遽しさを一瞬忘れてしまうほど長閑だ。 2018年05月24日撮影-1 2018年05月24日撮影-2  久原山はたいていの場合南側から、つまり公民館や三隅中学校側から眺めると思うが今回は日の出を拝むため西側、つまり 向山側から 眺めてみた。 次に夜明けの三隅川を小波橋たもとから眺めると・・・ 2018年05月24日撮影-3 岳の山 に低い雲?が掛っていた。 (この時期、明け方は久原の山が陰になるため小波橋付近の三隅川は日があたらない。) 昼間の暑さに反して夜明けはまだまだ肌寒く、水蒸気が一気に冷やされて朝もやになる。山麓につながる朝もやは無風であることを教えてくれる。 2018年05月24日撮影-4 上の写真は、同日の夕方にお日様を背にして同じ場所から撮影した久原山。 頂上の切欠けた場所は有志の方々による見通し(見晴らし)確保のための伐採だと思うが大変な作業と努力に感謝。

赤い自動販売機・その2

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昨日に続いて コカ・コーラの自販機 の在る、又は在った風景をアップする。 2005年05月08日撮影 今はガラリと変わってしまった。撮影を思い起こすと13年前のことだった。 2013年06月23日撮影 ちょっと前のことだと思っていたら5年が経とうとしていた。 歩道(スクールゾーン?)の新設工事で風景が変わった。 2015年10月11日撮影 車が止めやすかったのでここの自販機は結構な回数利用したように思う。今で言うコンビニの奔り的な場所だったように思う。うどんの自販機が懐かしい場所。 2016年06月19日撮影 前回に続いて2回目の登場。やっぱり好きだ。 2016年10月09日撮影 昔の風景が思い出せない場所。 2017年01月19日撮影 いつの間にか自販機が設置されていた、と思った場所。 2007年11月04日撮影 11年が経った。 2011年09月10日撮影 釣り人の憩いの場となっている。 このように並べてみると先入観があるせいか 赤い自動販売機 に違和感がまったく感じられない風景になっている。 存在するだけで人の気配が感じられる。

赤い自動販売機

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町中のいたるところに点在する 赤い自動販売機 、そして「 Coca-Cola 」の文字は昭和の時代からすっかり日本の、特にローカルな町の風景を担ってきた。 今回は旧三隅町のエリアの お店の風景 の一部でコメントを書いてみる。 (あえてお店の名前は明記しません) 2006年04月09日撮影  ここの辻(四つ角)は豊原の繁栄を担ってきた場所で、そこに置かれた赤い自販機は風景と一体化している。「ヤマザキパン」も素敵だ。 2007年01月05日撮影  白と緑のストライプの「ひさし」にとても馴染んでいる赤い自販機は地域のシンボルとなっている。 2008年05月06日撮影-1 ここのお店の藤棚はずっと前にもアップしたが上地区のランドマークだ。文化遺産的な風景にしたい。 2008年05月06日撮影-2 私にとってたくさんの思い出があるお店で、自販機の利用回数はエリア内でダントツだと思う。 2012年07月13日撮影 これよりも前の時代の写真で残したかったが、探すときは見つからない。 2014年12月27日撮影 地域でとても大切にされている感じを受ける場所だ。 2014年12月29日撮影 とても目に付くが、人や車の通行量が多いため落ち着いて撮影できない場所。いつかお店の許可を得て周りの風景と共にじっくり撮影したいと思っている。 【後記】 赤い自動販売機を見つけると何かのお店があるような感じがする。 夜には街灯に照らされた自動販売機、これも印象的な風景である。 「日本コカコーラ」を日本の文化遺産にしたいくらい思い入れがある。 近いうちに続編をアップするつもりだ。