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田んぼに水が張られる季節

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 田園風景の中にポンプ小屋のモーター音が小さく響く。水路の水の流れとともに心地よい季節の音になって入ってくる。 土手の地蔵尊が初夏の風景によく馴染む。(季節はまだ春だけど!?) 権現山や桂木山に向かって田を掻く。知ってか知らずか素敵なシーンだ。 滾々と湧いたように流れる八丁水路の水は生き物のように思えてくる。もうすぐウグイやハヤの姿が見られることだろう。 あまり良い意味で使われないが「我田引水」という言葉を思い出す。本来は我が田にただ水を引き入れるだけの言葉だったと勝手に思っているが、現実はそうではないのであろう。

すでに初夏

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 ゴールデンウイーク前に久々に洗濯日和となった24日午後から25日にかけての山と空。これまで降った雨で山の色が違ってきた。季節としては春真っただ中だが樹々の彩は初夏そのもの。 樹々の色は濃い緑から薄若葉色までのグラデーションが美しく空に映える。 山の中の様子も変わっていることだろう。

沢江の街道筋を散策

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 古くは赤間関街道北道筋であった沢江の旧道はまだまだその面影を辿れる。 旧街道筋から沢江川沿いの風景 沢江川の左右に旅館(滝口旅館と吉田屋旅館)があった風光明媚な場所だが今も当時の気配が感じられる。下の写真は逆方向から見た風景だ。背景に鉄割山(古くは「かねわり」と呼ばれていた)の稜線が控え、偶々通過した列車がその位置関係を表してくれた。 県道287号から沢江川沿いの風景 県道287号の沢江郵便局 過去には旧街道沿いにあった郵便局は昭和41年に旧・国道191号沿い(現・県道287号)に移転し、現在に至っている。 旧街道沿いのお地蔵様 お地蔵様のすぐ裏手に山陰本線が通る。 山陰本線が跨ぐ赤間関街道 大正13年に正明市駅から美禰線として敷かれた鉄路(現在は山陰本線)は赤間関街道を分断してしまったが昭和後半の時代まではレールを跨ぐ通路として残っていた記憶がある。 この旧街道沿いには製材所、米屋、石屋、酒屋、医院、呉服屋、箸工場、菓子屋等があり、今でもその面影を見つけられる。

石灰石専用船のいる風景

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 仙崎湾を航行する巨大タンカーを久原山のビューポイントから眺める。 「ながと丸」と「しゅうほう」 ながと丸と通小体育館 ながと丸 しゅうほう 通と幸島の間を往くながと丸 エスオーシーマリン株式会社の保有する石灰石専用船のうち「ながと丸」と「しゅうほう」の2隻が仙崎湾に浮かぶ風景を山の上から眺める。 春爛漫の山歩きのオプションとしてのこのオーシャンビューはなんとも贅沢で心和む。この場所はすぐ上から野鳥の鳴き声が降ってくる場所でお天気に恵まれると至福の時を過ごせる。

今年も逢えた~フデリンドウ

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 春に逢えるリンドウのフデリンドウの花は日が差すと開き、陰ると閉じる。山歩きをしていて花が閉じた状態と開いた状態を一日の中で鑑賞できる可憐な山野草だ。 開花していないと踏みつけてしまいそうなくらい小さくひっそりと咲いているので逢えると本当にうれしい。 和名は開花していない花が筆の穂先に似ていることから「筆竜胆(ふでりんどう)」と言われるとのこと。

鳥居建立

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 三隅八幡宮の鳥居が建立された。 唯々立派! 云うことなし。 経緯は 過去ログ にて。

上からも下からも雄大な景色~桂木山

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 三隅川の源流を有する桂木山の山頂から三隅川を、そして逆に三隅川から山頂を眺める。 実は昨年から頂上の雑木が伸びてきて三隅方の眺望がほぼ出来なくなっている。南側の秋吉台はよく見えるのだが北側の眺望が叶わない。ということで頂上からの展望は過去の画像で見てみる。 上の写真の部分拡大に説明書きを入れてみる。 ここから下は下界からの展望を載せる。 三隅川を滔々と流れる豊かな水の源流を有する山々を汽水域から見れるのだが、何とも言えず雄大で感動をもたらす。

初春に見られる野鳥たち

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 本音は山歩きの中で撮影した野鳥を残したいのだが中々それがかなわないので今回は近所で見かけて撮影できたものを残す。 ジョウビタキ ♂ ガードレールと畑を行ったり来たりしていたところに出くわす。 ジョウビタキ ♀ メスもブロック塀と畑を行き来していた。 ジョウビタキ ♀ カメムシ?のような昆虫を咥えている。もしそうであったらたくさんやってきてカメムシを絶やしてほしい。身体は小さいが大きな声で「ヒッヒッ」と鳴くからすぐに見つかる。 ノスリ トビかと思ったが腹の模様が違っている。たぶんノスリだ。逆光で顔がはっきりしない。 メジロ 全くピントが合っていない。カメラを向けた瞬間に3羽が逃げて残った1羽の焦点ずれ。こんな写真ばかりだ。 以前にも書き込んだが野鳥はたくさんいるが撮影はほとんどできない。 鳴き声と姿を確認するだけでも楽しい(バードウォッチング)のだが、うまく撮れるともっと嬉しい。 桜が咲くころにはもっと見れそうな予感がする。

久原山トレック便り~早春の陽光の中で

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 低山の楽しさ満載の久原山の早春の様子とビューポイントからの風景を残す。 久原山頂上-1 久原山頂上-2 頂上から南側 頂上から琴橋 頂上から仙崎 ヤマモモルートのおろちのヤマモモ 分岐点からいこいの森へ-1 分岐点からいこいの森へ-2 夫婦岩から野波瀬漁港 夫婦岩から立岩 春霞か、花粉かそれとも黄砂なのか風景が霞んでいる。そろそろミツバツツジが芽吹いているはず、と思いを寄せて歩くもまだまだの状態。春山の楽しみはもう少し先のようだ。

没後50年!が経った

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 昭和49年3月だった。思い起こすと 香月泰男画伯 が亡くなったのは自分が高校生の頃で、それから半世紀が経ったということだ。そして言わずもがな画伯が生きた年数を自分は越してしまった。 今回の作品展は「第一期(1931→1954)」とされており、未だ自分は生まれていない時代のものだ。この期間の画伯の言葉に「私は国より家族のほうが大切であると思う」といった本音の言葉から「生きることは、私には絵を描くことでしかない」という凄絶な言葉がある。 絶対にかなわない。 それにしても毎回思うがこじんまりとした素敵な美術館だ。