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三隅地区CATVの工事

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年度で云うと令和元年度の工事なのか、平成31年度と言っていた時の発注工事なのか分からないが、年が変わってから三隅エリアでCATVの工事看板を目にするようになった。(湯本エリアもやっているのか?それとも終わっているのか?) 2020年01月15日撮影 そこで個人的に気になる 三隅地区のインターネット環境 のことだが、NTT西日本が提供している三隅地区の今現在の環境は「フレッツ・ADSL」のみだ。フレッツ光環境にする予定はなさそうだ。 そうすると残った選択肢はCATVに頼るしかない。そのCATVの長門市ケーブルテレビが国の補助事業を活用して進めているのが今回の「FTTH化」だ。 このFTTH化は簡単に言うと、 これまでは幹線ケーブル(光ケーブル)と各家庭までのアナログ同軸ケーブルの組み合わせでハイブリッド環境だったものを、各家庭までのすべてのケーブルを光回線にしてしまう(Fiber To The Home)工事で、予算的には大変高額な設備投資を強いられる。 しかしインターネットも過疎化している今の時代はこうでもしないと情報格差だけでなく生活環境格差が発症してしまう時代だ。 NTTが民間企業である以上は当然営利目的に事業展開されるわけで、単純に考えると投資金額を回収できそうもないローカルエリアはFTTH化に手が出せない訳だろう。 そのNTT西日本は、 「フレッツ光」提供エリアにおける「フレッツ・ADSL」については、2023年1月31日をもって、サービス提供を終了する・・・ と発表している。 現在、旧長門市エリア(合併前)の一部を光回線で整備しているNTTは、現長門市エリアをもって「フレッツ光提供エリア」としないことを祈るばかりだが、ADSLに対応したモデム等の機器類がほとんど製造中止となってきていることも事実。そうすると近いうちにはADSLという回線設備は消え去っていく運命にありそうだ。 スマートフォンだけに頼れない世代の思いだ。

「兎渡谷」という谷

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三隅の上地区に「兎渡谷(とどろく)」という集落がある。 その昔、高尾山、または高山とも呼ばれた560.4mの秀峰「 権現山 」の北側の谷を下りきった所にある集落だ。元々は「谷口村」と呼ばれた部落であった。 その地名の由来ともなった「霊兎が駆け上がった」とされる谷を下から眺める。 2020年01月26日撮影-1 2020年01月26日撮影-2 2020年01月26日撮影-3 谷ルート  かなり険しいルートだ。 2020年01月26日撮影-4 兎渡谷橋から兎渡谷集落を眺める。 そして権現山がいかに雄大な山であるかは南側の 桂木山 に登ってみるとわかる。 2018年10月13日撮影 2018年12月31日撮影 上の2枚の写真は桂木山山頂からとらえた権現山の写真だが、その山頂から青海島や日本海が見渡せることがわかる。 ただし今は雑木で囲まれていて権現山山頂からの眺望は期待できない。 そして・・・ この風景を知って「兎渡谷」の歴史や由来を紐解くと納得がいくことがかなりある。

長門市三隅下地区配水池

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三隅下地区の配水池が 上東方の裏山 にある。 標高約100m地点に建設されたこの施設は、地球防衛軍かサンダーバードの基地かのような山中ではびっくりする建造物だ。 山歩きで知らずに遭遇するとびっくりするだろうと思う。 2020年01月25日撮影-1 2020年01月25日撮影-2 長門市水道ビジョン より抜粋 ところでここから見える景色がわりと良い。 2020年01月25日撮影-3 南正面に岳ノ山が位置する。 2020年01月25日撮影-4 道中には今の時季は梅の花が咲き始めている。 2020年01月25日撮影-5 中腹にはこんな設備もある。 周りに桜が植えられているので春になるとちょっと見栄えするかもしれない。 そして今の時季、色々な野鳥の姿や鳴き声を観察できる。 初めて見る野鳥もいたが一瞬だったので名前が分からない。 青黒っぽい羽根で大きさはヒヨドリより少し大きめ。オオルリかと思ったがお腹は白くなかったように思う。ルリカケスでもないし何だろう? っていうように野鳥観察にもってこいの林道である。

大日比の風景

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青海島に渡って最初の峠(大日比峠)を越えるとすぐに 大日比(おおひび) の漁港が右手に見えてくる。 仙崎湾に面したこの漁港は波穏やかな景勝地で「ナツミカンの原樹」で知られている。 2020年01月19日撮影-1 漁港の南側に位置する 大泊山 の向こう側は仙崎の町並みがある。ちょっとイメージが湧きにくい地形だ。 2020年01月19日撮影-2  漁港の北側には小高い小山がある。そのすぐ沖にとっても小さな弁天島が浮かぶ。 2020年01月19日撮影-3  この日は大日比公会堂にご婦人方が出入りされていた。 写真とは違って賑やかな様子が伺えた。 2020年01月19日撮影-4 2020年01月19日撮影-5 2020年01月19日撮影-6 2020年01月19日撮影-7 右の民家の中にあるのが原樹で、その枝の一部を植えて育てられたのが左側の樹だ。 2020年01月19日撮影-8 原樹は素人目にも弱っていることがわかる。 この原樹を後世につなぐことを目的とした会もあり、地元の方を中心に活動されている。 [後記] 大日比は、青海島(おおみしま)という全島が「名勝および天然記念物」に指定されている特異な地形を持つ島の一部である。そしてこの大日比地区は寺山の麓にもなる。つい最近聞いたのだが青海島には「2つの寺山」があるとの事。 先日、新旧の地理院地形図で寺山の位置が違っていることを書き込んだが、両方ともに「寺山」だったのかもしれない。 青海島は 歩いてみる と興味深いことがたくさんある。 最後に「青海島」は「 おおみしま 」だったり「おおみじま」だったり、そして「おうみしま」だったりする。 本当は・・・?未だに分からない。

令和二年のお年玉切手シート

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正月気分が抜けた頃に「お年玉付年賀はがき」の当せん番号が発表された。 何年か前までは3等賞?の「切手シート」をとっても楽しみにしていたが、近年よりあまり期待しなくなった。そして当たった葉書をもって郵便局へ行った。 令和二年切手シート 渡された瞬間に「何だ!これは?」といった感想がよぎった。 シールかワッペンのイメージだ。 「日本のお正月」って感じがしないのだ。 デザインの良し悪しではなく視覚的なイメージが違ってきている。 過去の切手シート 自分のイメージはこのような過去の切手シートなのだが随分と変わってきた。 時代と共に変わってほしくないものの一つだ。 昨年も同じようなことを書いた気がする。 まだまだ書きたいことがあるがここでやめよう。

ふれあいパーク三隅の風景

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三隅町の総合運動公園「ふれあいパーク三隅」は平成12年に完成した。 今年で20年目となる。 2020年01月18日撮影-1 2020年01月18日撮影-2  たまに足を運ぶと解放感に浸れるが、何せ今の時季は寒い。 冷たい風が裏の山から下りてくる。正面は久原山や小島山にブロックされているので日本海からの北風は来ない、と思いきや正面からもガンガン吹き晒してくる。 本音は「雪に覆われたふれあいパーク」を撮影したいのだが、今期の冬は全く降ってくれない。2月末まで待ってみよう。 2020年01月18日撮影-3 以前にも此処の樹々のことを書いたが未だに覚えられない。 自分なりに番号順に写真を撮ってみようかと思う。それも四季折々で撮影しないと覚えられないかもしれない。

弁天島の嚴嶋神社

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仙崎にある弁天島(今は陸続き)に「 嚴嶋神社 」という社がある。 (近くの大日比にも弁天島があるが今回は仙崎の人工島にある社殿のこと) 昨年までは「厳島神社」と思っていたが鳥居をよく見てみると「嚴嶋神社」と記銘されている。ちょっと意外だった。 2020年01月19日撮影-1 2020年01月19日撮影-2 「神社」という字の「示」ヘンも神と社で微妙に違う。「嚴嶋」と共に何かの訳がありそうだ。 2020年01月19日撮影-3 2020年01月19日撮影-4 2020年01月19日撮影-5 弁天島から眺める青海大橋。 昨年、兎渡谷の厳島社との絡みで撮影に来た時には整備工事?のため弁天島に立ち入れなかった。 今はとってもきれいに整備されていた。 この日の人工島は寒風がさらす中を沢山の釣り人が入っていて、野良猫が寒そうに釣果を待ち狙っていた。

今岬の風景

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旧・日置町の今岬から拝観する風景。 雑木が邪魔をしてなかなかうまく撮れなかったが、その中でも隙間を狙って何とか見えた風景を残す。 2020年01月17日撮影-1 岬先端の灯台から。海上保安庁管理。 2020年01月17日撮影-2 真北の立神岩を見下ろす。 2020年01月17日撮影-3 相島と青海島先端竹の子岩の間に見えたのは、たぶん須佐の高山。奈古の遠岳ではないように思うが違っているかも? 2020年01月17日撮影-4 立神岩のはるか沖に見えたのはなんと「見島」だ。ほかに間違うような島は無いため「見島」に決定! 2020年01月17日撮影-5 東側の内陸部に連座する名峰がすべて拝めた。樹々の隙間だが見事な風景だ。 2020年01月17日撮影-6 西側には千畳敷の高台が拝める。 2020年01月17日撮影-7 この写真を撮った頃からザーと冷たい雨が降り出したため一気に引き上げた。 近いうちにもう一度晴れた日を狙って来てみようと思っている。

今岬の御﨑神社

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旧・日置町(現・長門市日置)の茅刈から今岬に行く途中に「御﨑神社」がある。 国土地理院 地形図より 2020年01月17日撮影-1 日本海へと突き出た半島の山道を下ると何ヶ所かの分岐に出くわす。神社手前の分岐を右に向かうと参道になるのだろうが、荒れがひどくて進めない。しかたなくもう少し今岬へと向かっていく。 2020年01月17日撮影-2 微かに社殿が見えたところを右に上がると到着する。 2020年01月17日撮影-3 立派な社殿が建立されている。 2020年01月17日撮影-4 2020年01月17日撮影-5 「昭和六年五月十日工事落成」と記銘されている。 昭和6年(1931年)というと89年前のことだ。それ以前にも何らかの神殿か祠が在ったであろうが、ひょっとしたらご存命の方で携わった方がいらっしゃるかもしれない。 2020年01月17日撮影-6 社殿正面下には長い石段が設置してあるが、最初に示した写真の参道?から続くものかもしれない。ひどく荒れている様子が伺えた。 顔に茨や笹があたるので断念した。 2020年01月17日撮影-7 日本各地には山中の、それもさらに奥地等に「よくぞこのような場所に建立したなっ」ていう小さな神社が存在するが、本当に先人たちの業や造物には驚かされる。 【後記】 この今岬へと続く古道は、何ヶ所か獣(特にイノシシ)に掘り起こされてぬかるみやむき出しの礫で道とは言えない箇所があります。 軽装で行ってはいけません。 私は約30年ぶりに歩いた訳だが、昔はもっと歩きやすかったように記憶している。釣り人が途中まで入ってこられてロープを伝って海岸に下りられているようだがこれも軽装備で行ってはいけません。

海苔の養殖

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今から5年前の 海苔の養殖 の様子の写真が見つかったので残しておくことにする。 2015年02月02日撮影-1 沢山の竹竿が三隅川河口に突き刺さっている。最盛期はもっと仙崎湾側まで続くたくさんの竹竿があった。 「支柱式養殖」というのであろうか? 2015年02月02日撮影-2 海苔網(床)にビッシリと海苔が付いている様子が分かる。 黄色い札は養殖者(管理者?)の名前が書いてあるようだ。 2015年02月02日撮影-3 作業を終えて帰っていく養殖業者さんか? 浅い河口をいとも簡単に操船して立ったまま帰って行かれた。 立っていないと浅瀬が見えないのかもしれない。 カッコいいのだ。 1枚目の写真にはゴルフ練習場のネットの骨組みが映り込んでいた。 2015年には未だ撤去されていなかったようだ。 先日書き残したように今は竹竿が1本もない。 聞くところによると今年は 水温が高くて 海苔の胞子がやってこない?ようで養殖が出来ないらしい。 とっても残念だが辞められたわけではないようだ。 来年に期待してこの風景が戻ってくることを祈っていよう。