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秋の秋吉台トレッキング

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 秋吉台の秋の山野草を探しに今年は若竹山(253m)から剣山(283m)を目指してプチトレッキング。 (四国・徳島県の剣山は標高1950mの日本百名山の名峰だが秋吉台の剣山はとっても小さな小山。) 2022年10月23日撮影 とにかく気持ちの良いコースで野鳥もしきりに姿を見せる。ただこのコースはカルストロードにほぼ並行しており、バイクツーリングの爆音が時々聞こえるところがとっても残念だった。価値観の違いとは言え砲撃のような爆音はやめてほしい。コース選択を誤ったかも。 2022年10月23日撮影 まずは若竹山(上の写真)を目指し、折り返しにカルストロードから少し離れた剣山へと周回した。 2022年10月23日撮影 そして撮影できたのがこれらの山野草。 2022年10月23日撮影 2022年10月23日撮影 2022年10月23日撮影 2022年10月23日撮影 2022年10月23日撮影 2022年10月23日撮影 帰宅後に写真を見てがっかりしたのが、目的の山野草に全く焦点が合っていないのだ。周囲の草がきれいに撮影されている。ハンディカメラの液晶画面が見えていない、なんとも情けない結果になってしまった。 歳を重ねるとカメラとの意思疎通ができなくなる。スマートフォンは他のことでも厄介だ。どうしよう!困ったぞ。

下東方の稲荷社

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 下東方(しもとうぼう)は三隅川河口北側の集落で、東を臨めば権現山、桂木山、天井山、西を臨めば落陽の秀景、そして目前の汽水域では特産品「東方のり」の収穫地というように素敵な風景に囲まれた場所だ。 その集落奥に鎮座されている「稲荷社」は「大歳社」を相殿として祭られている。祭礼の日は11月13日とのこと。 下東方 稲荷社 元々は大歳社だったそうだが天保十四年(1843年)に大泊から稲荷社を引社してそれを本宮として祀られ、大歳社は相殿となったとのこと。 (「三隅町の歴史と民俗」より) 下東方公会堂 辺り 三隅川源流の山々 夕刻、河口に向けて 中秋の黄昏の刻も絶景だが真冬の晴天日もよき風景にめぐり合える。これからの季節が本当に待ち遠しい。

三隅の祠とお地蔵様~麓

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 三隅川の支流、辻並川と麓川に挟まれた標高157mの小山頂から北東に派生した尾根の先端部(標高48m付近)に 城の台遺跡 がある。 その尾根に沿った集落を「麓」というのだがそこに鎮座されているお地蔵様。家並みというより民家の一角にいらっしゃると言ったほうが良いようなお地蔵さまだ。 由来等詳しくはまだわからないのでとりあえずご様子だけの写真。わかり次第追記することにする。 ところで城の台遺跡のことだが下の説明(案内)看板のとおりだ。 「注進案」、「地下上申」では城主等の沿革は不明のようなので地元の伝承や地域の古文書に頼るしかなさそうだ。 そして麓川最上流でひっそりと集落を見守っておられるご神体(山神社)。 二基の燈篭とともに鎮座されているのは大山衹神(おおやまずみのかみ)らしく室町時代の延文五年(1360年)より引き継がれている様子。 (三隅八幡宮の由来書による、とのこと)

新旧の宗頭大歳社

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 平成27年(2015年)9月末に建屋が完成した宗頭の大歳社。そのすぐ横から参道の石段を上ると老朽劣化した旧大歳社がひっそりと佇んでいる。 2020年1月26日撮影 御祭神は例祭日の10月10~11日に遷されたと想像する。 2020年1月26日撮影 2020年1月26日撮影 天保十四年(1843年)に仙崎の茲眼寺から引社されたもので約180年前の改築と思われる。 2020年1月26日撮影 石段自体も老朽化が進み、細心の注意を払って昇降する。 2020年1月26日撮影 扁額は原型を留めている様だ。 2020年1月26日撮影 防獣フェンスの向こう側にされてしまっているので獣に受け渡してしまったようだ。仕方が無いことなのであろう。 2020年1月26日撮影 社殿横には旧三隅町では数少ない庚申塚が残されている。猿田彦大神も相殿されているとのことで古くから祀られている様だ。 2020年1月26日撮影 [後記] 先日(10/16)訪れた際の旧大歳社の様相は崩壊寸前を思わせるほど朽ち果てていて哀れな姿であった。近日解体されると耳にしたが時の流れには逆らえないことを実感する。

三見 市から

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 三隅に市(いち)があるように三見にも市(いち)がある。 赤間関街道北道筋(北浦道筋も同様)を萩の「唐樋の札場」を出発して最初の宿駅が「三見市」となる。 三見市の辻 三見市の立札 ここは国鉄(今のJR)三見駅ではなく赤間関街道の 旧宿駅 で馬が三頭常備されていたようだ。三見宿より三隅まで二里二十三丁(町?)と記されている。今の距離に換算すると約10.4Kmで、多分旧街道の道程で三隅八幡宮のある三隅市までの距離だと思われる。馬を使って行くと「本馬一疋 八拾四文」ということは今の円で換算すると2,100円程度だ。現在のJRで三見から長門三隅までは240円の運賃であるので8倍以上の値段となる。庶民には無理な値段だがこの先の床並から鎖板峠や七曲道を考慮するとしかたがない値段なのかもしれない。 (換算ミスだったらご容赦ください) 三見市の町並み 三見市の町の風情は三見漁港の辺りと雰囲気が全く異なる。今でも宿駅の風情が感じられる。 途中のお地蔵様 三見市を過ぎて床並へと向かう途中には上のような可愛いお地蔵さまがいらっしゃる。清風翁もここで一休みされたか? 三見橋 床並の一里塚 床並の集落に入る手前には三見橋(通称めがね橋)が左手に現れる。大正時代に三見川に架かった橋であるから街道筋の風景としては比較的新しい。 床並を抜けるといよいよ鎖板峠が待ち受ける。がんばれ~~~。 [後記] 赤間関街道はこの後、旧三隅町そして旧長門市( 正明市 )へと続くわけだが萩市を出るとその形跡(気配)がほとんど感じられない。何とか街道沿いにその気配を残していきたいと思っているのだが個人ではただ歩くことしかできない。せめて萩往還道のような案内板でもあってウォーキングマップでも作ればロングトレイルコースとして成り立つように思う。歴史街道は残していきたい。

朝日で燃える山々

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 どういった気象条件で山々の映え方が朱くなるのかよくわからないが、朝日に照らされて対する山々が朱色に変化する時間帯がある。 2022年9月25日撮影 尾根と谷が創りあげる造形が余計に美しくする。 2022年9月25日撮影 岳ノ山から鉄割山に亘る稜線は特に美しい。 2022年9月25日撮影 2022年9月25日撮影 天井山は手前の朝もやが邪魔をして朱色が少し薄い。しかし迫力満点の堂々たる山だ。五分の一サイズの三隅のアルプスは別格のものだ。 今後の紅葉シーズンは果たしてどんな風貌を見せてくれるであろうか。

下東方から夕陽を眺める

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 三隅川の汽水域にて、ゆっくりとそして穏やかに沈んでいく夕陽を堪能する。 沢江の西山に沈みゆく夕日は三隅川河口の水面に映されてきれいでキラキラしている。なんて贅沢な風景だろうか。 2022年10月3日撮影 2022年10月3日撮影 2022年10月3日撮影 建造物に注目しても造形美を楽しめる。 2022年10月3日撮影 2022年10月3日撮影 ここに来るといつも思い出すのが琴橋下流の青のり養殖のための川面に突き刺さったたくさんの竹の風景だ。「東方の海苔」、又は「小島の海苔」としてとっても貴重な産物だったが最近はその収穫の風景を見なくなってしまった。水温の上昇で胞子がやってこなくなったとも聞いたが寒風吹き晒す中での収穫の風景は脳裏に焼き付いている。 もう少し寒くなったら昔の収穫風景の写真でも探してアップしてみようかと思ったりする。

秋の気配を求めて

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 2022年の秋も中盤にさしかかり朝晩の涼しさがとっても心地よく感じられる。山歩きだけでなく町歩きも風景が楽しめるとっても良い季節だ。 2022年9月17日撮影 2022年9月29日撮影 2022年9月29日撮影 2022年9月29日撮影 2022年9月29日撮影 2022年9月29日撮影 晴れても曇ってもそれなりに素敵なカットが楽しめる。これから秋はもっと深くなっていく。歩いてみたいところがありすぎて休みが足りない。