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滝坂を散策

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 今は「滝坂」と一つに括られてしまったが三隅エリアの東端の自治会だ。落志畑、上滝坂、下滝坂、大里、三ノ瀬と点々とした集落で構成されている。 藤井橋辺り 三ノ瀬橋遠景 三ノ瀬橋から扇山 三隅川 三ノ瀬の下 桜久保の高台(一の瀬)と権現山 久々にゆっくりと散策しながら撮影出来た風景。 昨年の4月からバス路線が廃止されて早1年が経過した。歩いてみるとさすがにバス停標?が撤去されていて一抹の寂しさがあったので県道をできるだけ避けて歩いた。 田植え後の田園風景を堪能(水棲生物探索)しながら歩くのも優雅な気分で良いものだ。 ところで滝坂には私の好きな六地蔵があります。散策にここは外せません。

川土手の地蔵尊

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 三隅川下流域の土手に鎮座する地蔵尊がある。「豊原のあゆみ」には舟戸から下の土手に六基の地蔵がある、と記されているが今は4基しか見当たらない。 くだ渕のお地蔵様 綾木のお地蔵様(下流方から) 綾木のお地蔵様(上流方から) 舟戸のお地蔵様 久原山を眺める 晴れた日の土手の散歩は気持ちがよいものである。しかしながらこれらの地蔵尊はそれぞれの謂れがはっきりしないものもあるが、川土手に在るがゆえに供養仏ととらえた方がよさそうだ。 地蔵好きの筆者にはたまらない散歩道だ。

分水嶺を歩く

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 今年もやっと紅葉シーズンとなって明け方に霜が降りだした。こんな時期は山の尾根を歩きたくなる。せっかくなので権現山(560.4m)から天井山(602.2m)にかけての分水嶺を歩いてみる。 大水峠地蔵尊 かつて秋芳町栢木と三隅町辻並をつなぐ峠越えの山道があった。今は三隅側の道はほぼ廃道となり歩くことも困難になった。その峠に今も鎮座する地蔵尊は少しばかり秋芳側に傾いていらっしゃる。まさに「峠のお地蔵様」である。まずはここから権現山の頂上を目指す。 地理院地図より 尾根道-1 権現山の尾根道は急坂にしごかれますが素敵な登山道です。 権現山頂上三角点 お地蔵様まで引き返してそのまま分水嶺を天井山方面に向かう。 尾根道-2 伐採地より天井山を臨む 今回歩いた分水嶺は2021年(令和3年)に「天井山風力発電事業」が計画された尾根で、上の写真は風車建設前の風況観測塔が建設されていた伐採地(標高530m)で、そこより天井山を眺望したものだ。今回は時間の都合でここより栢木林道(栢木弁天社の方面)へと下山した。 もう少し紅葉の落ち葉を期待して歩いたが少しだけ時期が早すぎたようだ。しかしながら木漏れ日に照らされてワクワクする山歩きだった。

コブハクチョウの遡上

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 毎年この時期になると三隅川にサケが遡上してくる。10月の終わりから11月の初旬には毎日のように散策がてら探し廻っているがなかなか見つからない。 今回は最下流まで下がってみたが遡上の気配がない。するとその時、いつもの2羽のコブハクチョウが遡上してきた。 琴橋を通過 下東方公会堂前 上東方辺り ヨシの前で停止 何やらエサを漁っている様子。この後ヨシの中に頭を突っ込みだした。 上流からのカモ 続いてカンムリカイツブリも 川土手の道が整備(草刈り)してあってとっても歩きやすくなっていた。お地蔵様も満足げ?の様子。 昨年は二条窪川(三隅川の支流)に遡上しているサケが発見され地方紙に載っていたが今年は未だに気配がない。一昨年前の川浚いの工事(堰き止めて施工)が影響したか?なんとも寂しい。まだまだ観察は続く・・・

三隅川下流域を歩く

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 いつもの散歩道も秋晴れとなると風景が違って見える。 600m級の稜線を眺めては山への思いを馳せる。 カメラを向けるとカモは一斉に飛び立ったがコブハクチョウはそのまま居てくれた。 舟戸のお地蔵様も気持ちよさそうだ。土手へ上がる道も昔のままだ。ここから萩へと年貢米を積み込んでいたことを今更ながら想像する。 最初にも言ったが秋晴れの下だけでなく、歴史を知るとまた違った風景に見えてくる。 暑い暑い夏が漸く過ぎ去って山歩きにもってこいの季節になってきた。そんな中、地元でもクマの目撃情報が異様に増えてきている。昭和48年に発行された「三隅町の歴史と民俗」の[生物]-[動物]-[哺乳類]には「クマ」の記述はない。少なくとも令和になるまでは三隅における「クマ(ツキノワグマ)」の目撃情報は聞いていない。これこそ「昔はよかった!」と言いたい。

地域探訪~沢江

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 三隅地域づくり推進協議会 教育文化部主催による地域探訪が今年も催された。 村田清風記念館をスタートして隣の三隅山荘へ。沢江といえばやはりここだ! 村田清風旧宅(三隅山荘) 沢江川に沿って 山陰本線越しの沢江公会堂 清風墓所 沢江大歳社参道の階段 大歳社が見えてきた 最近、パワースポットになっているらしい。 沢江川河口 左の空き地・滝口旅館、右・吉田屋旅館が在った。 沢江地蔵尊 地蔵祭りも途絶えた様子。 沢江の観音様(時雨山観音)がある西山 旧街道を走るクロネコ 最後は赤間関街道を歩いて清風記念館へ戻る。街道筋には昔ながらの面影がかなり薄くなってはいるが、過去の人々の生活の気配を探して歩くのも一興でこれが「まち歩き」の醍醐味だ。

浅田の薬師堂のこと

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 三隅にはその昔、薬師如来を祀った薬師堂が4箇所あったと聞く。宗頭、生島、久原、浅田の薬師堂で現在は生島の薬師堂だけが残っている。 ご縁があって今回はその中の浅田の薬師堂とお薬師様(薬師如来)のことを書き残す。 集落センター内の様子 現在は浅田の薬師堂建屋は撤去され、ご本尊は浅田集落センターの中に移されて毎月8日に野波瀬の東善寺住職がお勤めに来られていると聞いた。元は集落センター傍にあった火見櫓(ひのみやぐら)の下に薬師堂はあったとのこと。(私有地) 在りし日の薬師堂(三隅の辻堂より) さらに昔はお堂の南側に在った法福寺というお寺の一画として納められていたとのこと。さすがにこれは知る由もない。 ここで集落センターの薬師如来をズームアップしてみると・・・ 確かに薬壺を手に持たれている。薬師如来は人々から病や苦しみを取り除き幸せをもたらす仏様として信仰されており、まさに仏像界のお医者様だ。 [後記] この薬師堂が存在していたころは薬師如来と一緒に阿弥陀如来と法然上人が祀られていたと記録されている(三隅の辻堂)。最初の集落センター内の写真に写りこんでいるうちのどれがそうなのか筆者にはわからない。勝手な想像だが左端の立像が阿弥陀如来でその隣が法然上人かもしれない。はっきりしたらこの場で修正をします。

三隅の祠とお地蔵様~浅田向山

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 浅田集落のすぐ東側に標高42mの山がある。浅田の人々が「向山」と呼ぶ周布政之助の墓がある山だ。 その小山の北中腹に鎮座する石仏のことを調べたがその謂れが不明のままだ。 周布政之助の墓の北側の鞍部辺りにももう一体の石仏が在った。お墓番のような位置に鎮座されている。こちらも周布家と何か縁があるのかもしれない。 集落センター前の地蔵堂から向山を臨む 浅田地蔵堂のお地蔵様 浅田集落センターの前のお地蔵様はいつもお世話が行き届いている。 近いうちに浅田の薬師堂のことを書き留めておこうと思ってはいるが、お堂自体がすでに無くなっている。画像を捜索中だ。 浅田向山の全体像