長門市東深川の旧街道(赤間関街道)沿いに「帰ル堤(かえるづつみ)」という溜め池がある。
現在の長門総合病院前の道筋を西に進み、緑ヶ丘にて国道191号線に沿うように街道を進むと直ぐに左手にため池が現れる。このため池はいつの頃からか「帰ル堤」と呼ばれ、そこに大きなエノキがあったらしい。(今も在るのかどうかわからなかった。)
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| 北側から観る帰ル堤 |
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| 南側から観る帰ル堤 |
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| 長門高等学校 |
何気なく撮った写真や資料から、その当時の時代背景や人々の気配を感じることができます。
長門市東深川の旧街道(赤間関街道)沿いに「帰ル堤(かえるづつみ)」という溜め池がある。
現在の長門総合病院前の道筋を西に進み、緑ヶ丘にて国道191号線に沿うように街道を進むと直ぐに左手にため池が現れる。このため池はいつの頃からか「帰ル堤」と呼ばれ、そこに大きなエノキがあったらしい。(今も在るのかどうかわからなかった。)
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| 北側から観る帰ル堤 |
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| 南側から観る帰ル堤 |
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| 長門高等学校 |
先月末から江の川やセンザキッチンのことを書いてきたが、仙崎を歩いてみて一番印象に残ったのが「鳥居」で石仏や祠好きの筆者にはどうしても見逃せないものだ。
そこで今回は仙崎にある鳥居の写真を残すことにした。
まずは仙崎といえば筆頭に来るべき祇園様こと八阪神社の鳥居。
八坂神社は歴史が古く、遣唐使の吉備真備が733年に青海島の王子山の地に素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀った祇園社を創建したことに始まる。定かではないが当時の青海島は本土と陸続きであったとされる。その後1216年に暴風雨で社殿が崩壊したためその3年後に洲崎の地に移った。そして1672年の瀬戸崎(現、仙崎)の大火で洲崎の社殿が類焼したため1678年に現在の位置に移って洲崎を古祇園とした。
古祇園こと洲崎神社にも立派な社殿と鳥居がある。次は弁天島。江戸時代には「松生島」と呼ばれていたらしい。平成6年に人工島が完成して徒歩で参詣ができるようになった。
扁額には「厳島神社」とある。(三隅の兎渡谷の向山中腹に摂社があります。)次は田屋の「三宝大荒神」こと荒神様。
長門市初の「道の駅」センザキッチンがグランドオープン(2018.4.20)して8年が経過しようとしている。(直売所だけはオープンしてからは8年が過ぎた。)
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| 風見鯨? |
昨年の9月だったか終戦後の海外引揚80周年記念事業で仙崎引揚の跡地にあった碑が新しく石碑に建て替えられた。
ということで先ほどのセンザキッチンに在った引揚記念碑とモニュメントは何処に行ってしまったのだろうか?元々はセンザキッチンの前身である「青海島観光基地」の頃から在った記念碑とモニュメントなのだが。
前回に続き江の川に沿って遡ってみる。
帰りに市立図書館に寄って江の川の記述を探していただいたところ、長門市史にて次のような記述があった。
「元来この江の川は下郷の深川川を水源とし、長門市駅付近を通り、藤中川と合流して大津高校南側の田園地帯を貫流し、白潟へ抜ける灌漑用水路であった。田屋・白潟周辺の農地は主としてこの水路を利用していたが、市街地も大半がこの川を下水兼用にしており、たびたび毒性の強い廃液が流れて流域の魚が死滅したり、早くから水稲に与える影響が憂慮されていた」(長門市史より抜粋) 丁寧に根気よく探していただいた図書館の職員さんには感謝します。
JR仙崎支線が跨いで長門市駅北口方面に向かった水路こそ元来の江の川で、長門市駅の南側を流れる川は藤中(ふんじゅう)川ということであろう。今でこそ排水処理が改善されてきたが確かに昭和の時代には臭かった。そして下郷の深川川を水源としていたというその場所はJR山陰線の深川川橋梁と国道191号線緑橋の間にある設備が水源なのかもしれない。そこは下郷水源地のすぐ傍で深川川の取水口。
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| 深川川(ふかわがわ) |
白潟にて仙崎湾に流れ出す江の川の河口辺りの風景。
山上山(さんじょうやま)と上山(みすゞ公園の山)の間をすり抜けるように曲がって流れる江の川は長門市街地を抜けてその源を真砂溜池、さらには鉄割山系の江良山に達する。
旧長門市街地においてはその水路がかなり複雑で、ひょっとしたら緑ヶ丘の帰ル堤(かえるづつみ)にも繋がっているとも言えそうだ。暗渠部分が多くてなかなか辿れないエリアがある。
今回は白潟からルネッサながと辺りの風景で〆る。散策するに飽きないエリアだ。
[後記] 長門市では江の川(えのかわ)だが、広島県三次市辺りから島根県江津市へと流れる江の川(ごうのかわ:中国地方で最大の一級河川)が一般的だろう。それに比べるとなんと小さな川?であろうか。
長門市東深川の旧街道(赤間関街道)沿いに「帰ル堤(かえるづつみ)」という溜め池がある。 現在の長門総合病院前の道筋を西に進み、緑ヶ丘にて国道191号線に沿うように街道を進むと直ぐに左手にため池が現れる。このため池はいつの頃からか「帰ル堤」と呼ばれ、そこに大きなエノキがあったらし...