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11月, 2021の投稿を表示しています

秋の終りの山歩き

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 晩秋と初冬の狭間の時節、秋が暮れていく頃の山歩きの風景のこと。 黄葉や紅葉が山道を覆い、過去の枯れ切った茶色葉と混じって絵画のような風景が突然と現れる。そんな風景の中を踏み音と共に進む至福の時間。 2021年11月28日撮影 朝日が木漏れ日となって落ち葉を映す。 2021年11月28日撮影 木霊が道案内をしてくれていたようだ。 2021年11月28日撮影 2021年11月28日撮影 見上げてみると紅葉が青空に映える。 ここまでは権現山の尾根ルートのカット。 そして最後は天井山の尾根ルートの一コマ。 2021年11月13日撮影 以上、いつものとおり壊れかけたハンディカメラの撮影だ。 [後記] 最近、低山登山の事故や道迷いが増えているような記事や知らせを聞く。私の場合は登山というよりも「山歩き」を好んでいる訳だが季節ごとにこんなに風景が変わってくるとルートに不安を抱くことが度々ある。沢で生き物を探し、見上げては野鳥を追うといつの間にかコースを外してしまうこともある。 近年、スマートフォンやスマートウォッチの機能の発達で簡単にコース確認が出来るようになってきた。有難いことではあるが使い方を間違えたり頼りすぎると事故の起因となる。やはり最初は経験者や熟知者と入山することが山歩きを楽しめる最適な入門コースだと思う。

桂木山のカツラ~再び

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 桂木山の中腹に生息するカツラの老木は「 桂木山のカツラ 」という名称で旧秋芳町が昭和56年7月8日に天然記念物に指定した。樹齢はいったい何年なのか。 苔まみれの老体から伸びた小枝から新芽や若葉が生える様子は神秘的でたくましく思えた。写真ではうまく表現できなかったが木漏れ日の中の老木は本当に美しい。そしてこのカツラという木は葉が可愛い。 根っこは傍の沢まで伸びて、桂木山の源流水を吸い上げている。そして敢無く倒れた苔まみれの枯樹からキエビネが生えて花を咲かせていた。これはびっくり。 このように生えたキエビネは珍しいと思いきや山野草の師匠に聞くとよくあることらしい。 以前にも上げたが今年も元気をいただけたのでもう一度書き込むことにした。半年前の春のことだった。

美術館の秋

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 香月泰男美術館の今の展示テーマは「香月泰男の仕事 ー装画・挿絵・カットー」だが文庫本等の装丁の原画は圧巻で、とにかく素敵でそして懐かしい。新潮社と聞くとどうしても文庫本を思い浮べるのだが、若かりし頃に古本屋さんや古本市で漁った中にたぶん紛れ込んでいた表紙があったのではないか、又記憶が蘇るような装丁も在ったりする。とっても良い時間を過ごさせていただいた。 そんな素敵な美術館の秋深い風景のカットを残す。 2021年11月23日 2021年11月23日 本来なら休館日であった火曜日だが勤労感謝の日がかぶさったため開館されていた。ラッキーな一日と化した。

久原山から見えるもの

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 「見えるもの」と言っても肉眼では気づきづらい箇所の記録。今回の修景伐採や整備が進んで眺望できる風景が膨らんできた。 ズームなしの風景 JR長門三隅駅の辺り(豊原地区) 浅田~沢江辺り 仙崎湾と深川湾 自分の視力が衰えているのでハンディカメラのズーム機能やパソコンの拡大機能を利用してなんとか確認できた風景の一部だが、現地では分かりづらかった箇所を持ち帰って改めて確認したところ、色々と見えてきた位置関係に納得。 これらの写真は頂上だけでなく、登山途中の伐採箇所から見えた風景も含みます。

三隅川の川浚い~久原橋付近

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 久原橋の下の川浚いが進んでいる。ここ三隅川は重機の無い時代から難工事を続けてきたわけだが堆積した土砂の撤去だけでなく、そこに生えた雑木の伐採から始めるわけだ。 2021年11月17日撮影 2021年11月17日撮影 土砂の量はとてつもなく多い。 この地の下手となる豊原の船戸は天保五年のこと、度重なる水害による土砂の堆積で上荷船の通行が困難となって三隅の下村、中村そして真木の庄屋が連名で「川さらえ」の許可願いを出したとある。当時のことを考えると人手も総ざらいされていたのではないかと思う。 2021年11月17日撮影 今年のイチョウは一段と濃くきれいだ。 先人に感謝しつつ今の時代に生まれたことを有難く思う次第だ。

久原山クイズ!

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 久原山(くばらやま)の登山ルートに明倫小学校第136回卒業生のかわいい案内板が設置してある。たぶん卒業記念登山で設置されたものだと思うがそれにかかれた「クイズ」がある。 2021年11月17日撮影 [問題]くばら山に関係している人物は? ①香月泰男 ②村田清風 ③中原とま 2021年11月17日撮影 2021年11月17日撮影 2021年11月17日撮影 2021年11月17日撮影 「答」「え」「は」「?」 頂上まであと100mの看板に 正解の番号 が書かれている。 それにしてもイメージキャラクターの「 くばらん 」はイケてる。早く知っていれば久原山トレックの案内板にも入れておきたかった。 久原山トレック案内板(案1) 久原山トレック案内板(案2) 「案2」は現地で見ると目立たないので「案1」の修正版を採用してトレセン駐車場と向山登山口駐車場に立っている。 楽しい山になってきた。

観光列車のは・な・し

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 萩、長門市、下関、新下関を走っていた「 ○○のはなし 」という観光列車がいる。話には聞いていたが初めて実物(列車)を見たのが仙崎駅だった。 2017年09月30日撮影 2017年09月30日撮影 2017年09月30日撮影 このような観光列車って地元の人はほとんど乗ったことが無いように思うが、JRのコンセプトとちょっと違って山陽側に住んでいる人たちが山陰側の列車の旅(特に日本海の風景)とお弁当を楽しんでいるイメージでとらえていた。しかし実物を見た途端に乗りたくなったわけだが未だに実現していない。いつか乗ってみよう、は自分の場合は結局最後まで乗れないことが多い。 JR西日本のパンフレットより このパンフレットを見ると山陰の海にきれいに映えているが山の中で見ると今一映えない。やはり自分の中では山陰本線の一等賞は昭和の時代の特急まつかぜ号だ。駅で停車していても海辺でも山の中でも鉄橋でもどこで見てもワクワクした。まつかぜ号(いそかぜ号でもOK)が当時の姿のまま走ってくれたら絶対に乗車すると思う。あの「ムーーーっ」というエンジン音を聞きたい。

権現山を小波橋から観る

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 三隅の平野部から観るとどっしりとした丸っこい山に見える権現山は、実は大きな高い尾根を持った山で、その昔は「高尾山」とか「高山」と呼ばれ、歩いてみるととっても険しい山だ。そんな権現山を小波橋から眺めてみる。 2021年11月11日撮影 2021年11月11日撮影 その権現山は秋芳側から観ると全く違った山に見える。 下の写真は桂木山から臨んだ権現山の姿。 2019年06月09日撮影 権現山は1444年~1572年までの128年間は頂上で谷口村(現、兎渡谷)の神楽舞が奉納されていたと三隅八幡宮の記録にある。時は室町時代で、なんと応仁の乱やザビエルがキリスト教を伝えた時代だ。 その当時は三隅の庄はどんな風景でどんな人々が暮らしていたのか想像をする。500年前と言っても山の恰好だけはほぼ一緒であろうが下界の姿は全く想像できない。どんな道が在ったのか、三隅川はどんな姿だったか、そしてそこに暮らす人々は現代より遥かに質素な服装であったろうし何を食べて暮らしていたのか、たぶん想像とは全く違ったものがあるように思う。

虹が架かった日

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 今朝のこと、ほんの僅かな時間ほど西の空に虹が架かった。 2021年11月11日撮影 2021年11月11日撮影 2021年11月11日撮影 このようなはっきりとした虹は久しぶりに見たように思うが、ラジオ(FM山口)で山口県内のいたる所で見られたようなことを言っていた。 小粒の雨の中の撮影だが、電線がアングルに入らない場所に撮影場所を移動しようと傘を取りに帰ったらすでに薄くなって消えかかっていた。だいたいそんなもんだ。 曇天であっても虹が架かるとちょっと気分は良い。小学生が登校する時間だったのが良かったように思う。みんな見てくれたかな?

三隅川の秋

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 毎年11月になると毎日のように三隅川の様子を伺いに行く。サケの遡上を確認するためなのだが今年は最初の個体確認は11月3日の文化の日だった。元気が良すぎて素早い泳ぎでその瞬間はカメラに収められなかった。 2021年11月04日撮影 旧水源地の下と東関渕でそれぞれ一匹ずつ確認できただけだった。 2021年11月04日撮影 オオバンとカモがウロウロしてサケは逃げて行ったのかもしれない。 2021年11月07日撮影 そして昨日の東関渕の様子を伺いに行くと素早い波紋が確認できただけで本体は見えなかった。 2021年11月07日撮影 二条窪川との合流地点辺りでは力尽きたサケが一匹沈んでいた。 この辺りはもうすぐ溜まった土砂の撤去工事(川浚い)が予定されている様子だが産卵した卵が心配だ。土砂の撤去は嬉しいが孵化するまでに工事が進行するのが心配だ。今は中断している様子なので県土木はそこまで考えておられることだと理解する。

清風のお墓より

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 沢江の西山(大歳山)にある村田清風の墓から観る沢江湾の風景。 2021年10月25日撮影 中央をズームするとこんな風景。 2021年10月25日撮影 公衆電話ボックスが位置決めのポイントになるが、下から清風翁の墓を確かめるのも一興だ。 ところで少し離れた沢江川の風景はというと・・・。 2021年10月25日撮影 左の滝口旅館と右の吉田屋旅館があった頃の風情は無くなってきたが微かな気配は両岸の石垣などを見ると偲ぶことが出来る。 清風が生きた時代の沢江川の風景を見てみたいものだ。

グリル中央のこと

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 長門市の市役所前に在った「グリル中央」の建屋が消え去った。 2013年06月29日撮影 2013年06月29日撮影 以前に一度この喫茶店のことを書きこんだ記憶があるが、中学生の頃?に叔父に連れられて2階の席で洋食とクリームソーダを食べた記憶がある。洋食が何だったのかはっきりと覚えていないがピラフだったような気がする。その当時にピラフと言うメニューがあったか疑問が残るが「グリル」という言葉が格好良く思えた時代だった。 いつ頃に始められて、いつ辞められたのだろうか、記憶が錯綜して纏まらない。

モズとニュウナイスズメのツーショット

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 10月になって以来毎日のようにモズの柱にモズが来る。それもオスとメスが交互にやってくる。 そのモズの柱の傍のコンクリート柱に時折ニュウナイスズメがやってくるようになった。なかなか同時に居る時のツーショットが見れなかったがやっとそのシーンを拝めた。(自分的にはとっても嬉しい) 2021年10月31日撮影 2021年10月31日撮影 2021年10月31日撮影 ニュウナイスズメは和名を「入内雀」と書く。明らかに当て字だが、普通のスズメ(雀)と大きく違うのはほっぺに黒斑が無いことだ。ここで言う「ニュウ」とは「黒子(ほくろ)」のことで、ほっぺ(ホオ)にほくろが無いからニュウナイと名付けられたらしい。 上の写真は去っていくまでこちらを向いてくれなかったので後ろ姿になってしまったが、頭頂部がきれいな栗色で、よく見るスズメよりはっきりとした模様に見える。そしてこのニュウナイスズメの面白い習性は樹々の洞(穴)に巣を構えるのだが、くちばしの形状からして自分で巣穴を彫れない。そこでキツツキ等が彫った(掘った?)樹木の穴を見つけて横取りすることがあるとの事。 ”よく見るスズメ”と書いたが最近はスズメも個体数が減ってきているらしい。瓦屋根の隙間などに巣をつくる習性があるため、都会ではその瓦屋根を使った民家が少なくなってきたことにも原因があるらしい。しかしながら我が家の瓦屋根にも巣を作っていて、直下の車の天井はフンが時折落ちてくる。勝手ではあるがニュウナイスズメの方がかわいい。

アサギマダラのこと

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 季節の便りのニュースなどでフジバカマ(藤袴)に集うアサギマダラ(浅葱斑)の映像や写真をよく見る季節だが、アザミにとまったアサギマダラが撮れた。 2021年10月30日撮影 2021年10月30日撮影 下の写真はフジバカマのあるお宅での頂き物だが「違い」を見つけるために載せた。 2021年10月19日撮影 2021年10月19日撮影 何の違いかと言うとオスとメスの違いを知りたかったのだがさっぱりわからない。両方ともオスなのか、メスなのかもわからない。 後翅(こうし:後ろのハネ)の角に黒褐色の斑紋があればオス、って書いた資料があったが不明瞭な個体もあるとも書かれておりこれは難しい。