豊原の街道

先日の「豊原の辻」や「豊原の辻~続編」の赤間関街道北道筋の続き。

長惣旅館の四辻を右に曲がり、西へと進む。

2020年01月07日撮影-1

2020年01月07日撮影-2
豊原公会堂(現、豊原コミュニティセンター)前の半鐘鉄塔を右に過ごし直進する。ここで岡薬舗との間の丁字路を右に進むと船戸(舟戸)へと続く。

2020年01月07日撮影-3

2020年01月07日撮影-4
原川旅館前をもうすこしだけ直進する。


2020年01月07日撮影-5
 片山商店前を直進(現代は左折)すると大正13年開業の長門三隅駅前を左に過ごす。赤間関街道北道筋と称されたころはまだ鉄道が存在していない。
2020年01月07日撮影-6

2020年01月07日撮影-7
そして豊原地区よりこの先は平野地区より浅田、沢江地区へと街道は進む。

旧街道を偲んで現代の道路を歩くのも一興ではあるが、周辺の過去(慶応~明治時代)の景色は想像の枠を大きくはみ出したものとして捉えなければならない。ましてや幅も狭い未舗装の道は現代においては登山道などにしか残されていない。唯一当時に近い風景は遠くに聳える山の輪郭だけかもしれない。そしてその山も今ほど杉や檜が無かったであろうから山肌の色も違っているはずだ。
三隅村のエリアはもう少し続く・・・?。

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