昭和の時代には素人にはハサミでしかできなかった写真の切り取り(トリミング)。
まずは切り取る前の撮って出しの写真。
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| 2024年10月12日撮影 |
横にワイドに切り取った。
素人ながらいい感じの写真に見えてきた。
何かに使えそうな気がしてきた。・・・
山陰本線 飯井、長門三隅間 三隅川橋梁
切り取っただけで、色彩等の加工は一切なし。
10月も後半となり「秋深まる」と言いたいところだが超低山は今年はまだまだ紅葉すら見れない。(山の中に入れば微かに紅葉が見れます)
久原山トレックもこれからの季節、山歩きをされる方が増えると予想して荒れた登山道の整備や頂上の草刈りを少しづつだがやってきた。今回はいこいの森の夫婦岩から西のピークまでの登山道と久原山の頂上(地理院地図の頂上とは位置が違う)の草刈りを施行したが強風が吹きさらしてまたまた荒れてしまった。
豊原神社の今年の大歳祭は9月29日に催された。そしてその日の午後に神社境内で餅まきがあった。
つい先日まで「猛暑日」と口にしていたのが一変し過ごしやすい気候となってきた。もちがまかれた後に青空を見渡してふっと能登のことを思い出した。
豊原神社境内の片隅に「三隅地方には珍しい庚申塚がある」。(「」内は三隅町の歴史と民俗より抜粋)(三隅では希少、という意味)
自分の記憶の中では三隅においては庚申塚が3カ所思いつく。上方から順に杉山梶ヶ原、宗頭大歳社境内、豊原神社境内の3カ所だ。
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| 杉山 梶ヶ原の庚申塚 |
タイトルでは「鎖峠(くさりだお)」と書いたが過去には「鎖板峠(くさりいただお)」と呼ばれた宗頭から萩市への峠越えの国道191にある三つの隧道のこと。
峠には萩側から順に鎖坂隧道(くさりざかずいどう)、榎谷隧道(えのきだにずいどう)、白拍子隧道(しらびょうしずいどう)の三つのトンネルがある。
鎖坂隧道と榎谷隧道は昭和40年竣工、白拍子隧道は昭和41年竣工で約60年が経過した古参のトンネルだ。ただし榎谷隧道を並走した榎谷洞道は明治26年に開通した130年を超す歴史遺産だ。以前にも書き込んだことがあったので詳細の記述はおいて今回は「白拍子隧道」のことを書き添える。
本来「白拍子」とは男装した女性が詩吟や和歌を詠いながら舞う芸、またはそれを演じる役者のことで元々は巫女舞から始まっている。調べてみると平安末期から鎌倉初期の頃に生まれた?言葉のようだ。静御前が出てきたのはびっくり。そんな言葉「白拍子」がなぜに三隅上地区の地名(小名)に残っているのか不思議だが三隅には源範頼の供養塔や墓が存在している。何かの縁(ゆかり)があるのかもしれない。(ただし場所は白拍子トンネルとは少し離れている。)
白拍子トンネルのすぐ北側には三隅では唯一当時の現状を残した赤間関街道の七曲り道(七曲八丁)が残っており、そして日尾川にかかった三見の眼鏡橋と同じ形状の「鎖板橋」もその途中にある。しかしながら全くの未整備で歩ける状態ではない。せっかくの歴史街道がありながら未整備のため沈黙のまま廃れていきそうだ。残念かつ無念だ。
最後に鎖坂隧道を残す。
先月末から江の川やセンザキッチンのことを書いてきたが、仙崎を歩いてみて一番印象に残ったのが「鳥居」で石仏や祠好きの筆者にはどうしても見逃せないものだ。 そこで今回は仙崎にある鳥居の写真を残すことにした。 まずは仙崎といえば筆頭に来るべき祇園様こと八阪神社の鳥居。 このように八坂...