グループの活動資金調達のため、ゆり根を掘り出し出荷する、という作業なのだが炎天下での殺人的な熱さを予想していたが早朝ということもあり割と涼しいスタートだった。
トラクターで畝を掘り起こし、出てきたゆり根を拾っていくという単純作業だったが見ての通り空は今にも降り出しそうな厚い雲。
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| 雨雲レーダーの参考画面 |
グループの活動資金調達のため、ゆり根を掘り出し出荷する、という作業なのだが炎天下での殺人的な熱さを予想していたが早朝ということもあり割と涼しいスタートだった。
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| 雨雲レーダーの参考画面 |
三隅村から深川村へ行くには小浜峠(こはまだお)を越えて行く。とは言え、現代においては整備された国道のおかげで峠を越すイメージはほぼ無い。
下の写真は深川側から三隅方面に向かって行くカット。
小浜峠は現在は標高約15m?程度だと思われるが赤間関街道であった頃はもう少し高かったはずで険しい道だったようだ。隣の村へ行くだけで大変だったことを思うこともほぼ無くなってきた。
黄波戸の長崎瀬から眺める夏の朝の深川湾の風景は、見慣れた仙崎湾とまた違った穏やかさに包まれている。
撮影日は2024.08.04
後記:黄波戸の「長崎」という地名は「ながさこ」と読む。何かの文献でその由来を読んだ記憶があるがすっかり忘れてしまった。駅前には「仙崎屋」という旅館があるし他所から来た方は紛らわしいかもしれない。
今年の10月1日から郵便料金が変わる。
「通信手段の根幹」が、すでに懐かしいパソコン通信、そしてインターネットメールへと変化し、さらにSNSへと変化してきた現代、「郵便」を見直す時が来たのかもしれない。とはいえこの通信技術(特にスマホ)のスピード感はついていけないと思うことがしばしば。
ここで私自身の「郵便の歴史(年賀状を除く)」を考えてみると、小学生の頃は漫画雑誌(少年画報や冒険王)での懸賞の応募に始まり、中学生の頃はたまにだがラジオの深夜放送へのリクエストはがきを書く程度。懸賞の応募に関してはその後もかなりの応募をした記憶がある。そして今でも時々応募している。ネットでの応募はせずにはがきや封書で応募するようにしている。郵便だけの頃はゆったりとした時が流れていたがドキドキワクワク感は今の何倍もあったように思う。すっかりと「爺さん」になってしまった。
長門市東深川の旧街道(赤間関街道)沿いに「帰ル堤(かえるづつみ)」という溜め池がある。 現在の長門総合病院前の道筋を西に進み、緑ヶ丘にて国道191号線に沿うように街道を進むと直ぐに左手にため池が現れる。このため池はいつの頃からか「帰ル堤」と呼ばれ、そこに大きなエノキがあったらし...