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夕日に映える天井山

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「春遠からじ!」な季節の晴れた夕方に、小波橋からとてもきれいに天井山や権現山が見える。 2017年03月10日撮影-1 2017年03月10日撮影-2  権現山と天井山の山すそ(輪郭?)を結ぶラインが三隅と秋芳町嘉万の境になる。 2017年03月10日撮影-3 空の色や山の色を見ると、夕刻が進むにつれて色が黄銅色に変化しているのがわかる。 ここ最近黄砂やスギ花粉のせいか、空気が澄みきっていないので晴れた日も「もやーっ」としている。車のボンネットが積もった黄砂で黄色く変色している。 私たちの世代が子供の頃は、「黄砂」という言葉はなかったように思う。(知らなかっただけなのかもしれないが?) 花粉症という言葉も同様である。 戦後、純粋な国産の「杉」では建築資材などが足りないため、外来種の「スギ」を植林したため、今の時代になって成長したものが花粉をばらまき、日本人の体質に合わなくって花粉症が発生したと聞いたことがある。あながち、まちがった説ではないように思う。

郵便ポストのある風景その4

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今回はコンビニエンスストアに設置してある「郵便差出箱」を紹介。 まずセブンイレブン三隅店。 2017年03月10日撮影-1  三隅にあるセブンイレブンのポストは、つい最近新設されたものと思う。実は先月に郵便物を投函しようと思ってここに寄ったときに見当たらなかったし(勝手な概念で在るものと思っていた)、とっても新しいので直近に設置されたものだと思う。 次の紹介はローソン三隅店。 2017年03月10日撮影-2  こちらのローソンはかなり前からポストが設置されていたと記憶している。 2017年03月10日撮影-3 コンビニエンスストアという存在がここまで大きくなることを、約40年前の開設当初にはまったく思っていなかった。 「♪セブン・イレブン、いい気分♪ 開いててよかった!」というコマーシャルソングが懐かしい。

郵便ポストのある風景その3

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第3回目は、お店(商店)の前にある「郵便差出箱」の紹介。今はもうポストが無くなった個所も含めて風景を紹介。場所はあえて書かないでおくことにする。 2017年01月19日撮影 2017年03月10日撮影 2015年01月05日撮影 2017年01月28日撮影 2016年02月21日撮影  上と下の写真は同一箇所です。 新しくなっている。 2017年03月10日撮影 2016年10月09日撮影 以前にも書いたが、商店や酒店などのお店の入り口横などに公衆電話や郵便ポスト、又は自動販売機がある風景はとっても落ち着く。表現が変だが、気分がホッとするのだ。 それと・・・ 昨日に触れたように、ポストが取り替えられて新しくなっているところが最近増えてきた。さらに撤去された変わりなのか、新らしく設置された場所も出てきた。 次回に紹介します。

郵便ポストのある風景その2

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昨日に続いて郵便ポスト(郵便差出箱)の話だが、経年で劣化した郵便ポストを新しいモノに取り換えているところをたまたま通りすがりに見つけた。なんだか嬉しくなって何か手紙か懸賞かを投函してみようと思った。 2017年03月08日撮影 取り替えたばかりのポスト  2016年06月23日撮影 昨年撮影した老朽化したポスト。 中学生の頃、「ペンフレンド」という言葉が流行った時期があり、逢ったこともない遠くの同じ趣味の方と文通?という形で手紙をやり取りすることがとても新鮮に思えたことが懐かしい。 身近な友人に、海外からの手紙が届いたのを見せてもらって興奮したことを覚えている。今触っている手紙が外国で書かれたことがとても不思議な感じがした。 当時「ポップス」という一括りのジャンルで音楽を聴きあさっていたわけだが、情報を得るために深夜放送を聴きながら音楽雑誌を精読?するという今では考えられないほど体力のいる習慣を苦も無くこなしていた時に、雑誌の片隅に「〇〇が大好きです。同好の士、求む!情報交換しませんか?」というような記事が出ていて住所・氏名・連絡先が明記されていた。自分と同じような人が遠くにいる、というだけでワクワクした。 インターネットや携帯電話がない頃の、通信手段が限られた中で未知の人とのやり取りはおおらかで素敵に思える。 色々なことを想像し、考え、したためる。その後のパイプラインがこの「郵便差出箱」なのだ。

郵便ポストのある風景その1

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郵便ポスト、又は略してポストとというが正式には「 郵便差出箱 」だったと思う。ちなみに各家にあるのは「郵便受取箱」というのだろうか? 風景の中に赤いポストがとってもよく似合う。 最近は業務用か、追加の年賀状があるときにしか郵便ポストに投函しないが、友人に手紙を送ったり、懸賞に応募したりするときは色々な思いを馳せながら投函する。 特に懸賞の応募はネットを使用せずに郵便で応募することにしている。 52円や82円で近くても遠くてもちゃんと届くのはすごいことだと思う。 それと届いた郵便物に切手(普通切手でも記念切手でもOK)が貼ってあるとちょっと嬉しい。 2009年09月20日撮影 2016年03月31日撮影 2008年05月06日撮影-1 2008年05月06日撮影-2 まだまだ続きます。

旧三隅町役場の跡

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昨日、通りすがりに旧三隅町役場の解体現場をのぞいてみた。 見事にさら地になっており、消え去っていた。 2017年03月05日撮影-1  商工会三隅支所の横にせり合うように建っていた。 2017年03月05日撮影-2 建屋の後ろにある三隅川の堤防が露になったが、石組みを見ると見事な石垣である。ここだけ見ると城壁の跡にも思える。 しばらくはこのままだと思うので、石垣が太陽光に当たって今後変色していくと思う。 2017年03月05日撮影-3 明倫小学校の昔の校門側から眺めた風景。 以前にも書いたが、「記憶に残る」建物が無くなったり風貌が変わったりすると時代の移り変わりを痛感させられる。 しかしそこに「想い出」が共存していると寂しさが一段と増してくる。 私が生まれて初めて一人暮らしをした東京の或る場所を、約25年ぶりに訪れて住んでいた下宿(アパートではない)を探したときに記憶をたどっても辿り着かなかったことがある。私の記憶が間違っていたと思っていたら、過去に川の氾濫が原因で区画整理がされ、住んでいた「住所」自体が無くなっていた。当然地形も変わっていて想い出の道や風景がまったく無くなっていた。 がっかりした経験をしたことを思い出した。 色々な想い出がある場所が無くなることのつらさを痛感した出来事でした。

2000年のシドニー

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一昨日触れた2000年のシドニーオリンピックの続きを書いてみる。 色褪せているが、「2000年9月25日の毎日新聞の朝刊」を抽斗の中にとっておいたので写真に撮って1面と最終ページの28面をアップ。 2000年09月25日朝刊-1  とにかく興奮したこの女子マラソンは、記憶の中に鮮明によみがえってくる。レース最終部のルーマニアのリディア・シモンさんとの一騎打ちの状態を何度も繰り返して放送された。 リディア・シモンさんはその後何度か来日されている。 過去のチャスラフスカさんやコマネチさん、又はジャネット・リンさんのようにオリンピックのスターたちは記憶の中で生き生きとしている。 2000年09月25日朝刊-2 上の写真(新聞)のピンクで囲ったところは、「テレビ・ラジオ欄は13,16面」と書かれている。 定番の最終ページを追いやって、この日の新聞は「高橋尚子一色!」と言ってよいほどすごかった。 三隅町で「ふれあいパーク三隅」が完成した年の出来事でした。