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天井山から権現山へ亘る稜線の美しさ

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旧三隅町と旧秋芳町の境に大水峠(おおみずだお)と大平峠(おおひらだお)という山越えの峠があり、その上に位置する山がそれぞれ「天井山(602m)」と「権現山(560m)」となっている。 天井山は旧長門市、旧三隅町、旧秋芳町の3市町に跨り、権現山へと続く稜線の美しさは見事なものがある。 「三隅町の歴史と民俗」より 2018年09月28日撮影-1 2018年09月28日撮影-2 2018年09月28日撮影-3 2018年06月17日撮影 湯免ダムから眺める「天井山」 これらの稜線の美しさは下から眺めて初めて分かるものが多い。 空と四季折々の山肌の色、さらには生活圏の下界の風景とのコラボレートがあってさらに印象深くなる。 なんてきれいな風景だろう!

15年前の杉山の風景

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2003年の冬に杉山に行った時のこと。 2003年01月24日撮影-1  杉山川(三隅川の支流)の上流は人工的な加工の無い箇所が未だ残っている様子だった。 2003年01月24日撮影-2 山間部に入っていき、お地蔵さまが居るとホッとする。それも何方かが整備(お掃除)されている形跡があるととっても嬉しくなる。 山中にて人の気配があることの安堵感は何物にも代えがたい道標と思う。 2003年01月24日撮影-3 2003年01月24日撮影-4 里山感満載の民家。過去には杉山銀山の「勘場」だったらしい。 下の写真は今年の夏に行った時のもの。 2018年08月21日撮影-1 2018年08月21日撮影-2 2018年08月21日撮影-3 ところでこの杉山地区の地形のことだが以前より不思議に思っていることがあって、いつかその地形を訪ね歩いてみようと思っていた場所だ。 国土地理院地形図より 「ふるさと文化・美須美」より この地形図などで分かるように宗頭から大平峠(おおひらだお)に向かう旧道と、行き止まりとなる杉山の道はほぼ並行して走っており、こんなに近いのに道路としての接点が無い。(野分道はあるのかもしれない)過去には銀山や小学校の分校もあった場所だ。何かの接点があってもおかしくない。 2018年08月21日撮影-4 2018年08月21日撮影-5 宗頭から大平峠を抜けると秋芳町嘉万の柏の木(かえのき)集落に出る。大水峠と同様に 三隅と秋芳を繋ぐ 重要な道だ。 そして勝屋谷を登ると「大谷山(582m)」が控えている。 何か楽しくなることがありそうだ。 [後記] この杉山地区のさらに奥地で興味深い構想を練っておられた方を知っていて、その話を聞いて余計にこの地の地形に興味が湧いていた。いつかここで紹介できると良いなと思っている。

三隅川の景色~一の瀬・三の瀬

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滝坂より少しだけ川を下る。 川に「瀬」がある場所は急流のイメージがあるが、ここ「一ノ瀬」や「三ノ瀬(そうのせ)」辺りは大雨でも降らない限り普段は穏やかなせせらぎを聴ける。 2006年10月15日撮影-1 2006年10月15日撮影-2 2006年10月15日撮影-3 2006年10月15日撮影-4 2006年10月15日撮影-5 2006年10月15日撮影-6 2006年10月15日撮影-7 2006年10月15日撮影-8 2006年に歩いた時の撮影だが、12年経った今年の秋に行ったときは何処で撮影したのか判断がつかない写真があった。 自然の姿や風景も人と同じく年と共に変わっていくようだ。 2009年の水害の後から三隅川の様子が変わってきているように思えてならない。

三隅川の景色~滝坂辺り

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三隅の発展の基となってきた「三隅川」の風景を、好きな場所をかいつまんで写真に残していく。 初回は上流域の滝坂集落近辺。 2003年01月24日撮影-1 2003年01月24日撮影-2 2枚とも2003年の撮影だが水量がとっても豊かであり、枯れすすきがなんとも云えず良い色をしている。 滝坂より上流は大きな支流が無いため、ほぼ桂木山系からの恵の水だと思ってよい。 2枚目の写真に本流と並行して水路が設置してあるが生活用なのか水田用なのか不明。 自然の中に馴染んだ人工の設備を見つけると、そこに人々の生活が垣間見えて当時の様子や人々の気配が感じられる。ちょっと嬉しくなる。 このような写真を少しづつ残していきたい。

旧・青海島小学校のこと

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2006年に閉校となった青海島小学校がその名を変えて今も頑張って建っている。 その名も「 青海島共和国 」となっているようで廃校活用の一環であろうか国王もいらっしゃる様子。 1954年に造られた木造校舎がそのまま利用されているらしい。 2009年01月20日撮影-1 2009年01月20日撮影-2 2009年01月20日撮影-3 2009年01月20日撮影-4 中身の紹介は観光課等にお任せしてすばらしい風景として見た写真を残しておきたくなった。 平屋建ての校舎の背景には裏山が控えており、本当に里山の小学校舎としては一流の風景であると思う。恰好が良いしそのまま映画などに使用できるような風体だ。 校舎内の廊下や正面玄関の内側からの風景もそのまま残しておきたい遺産である。 最近訪れていなくって9年前の写真なので今はどのように変貌しているか分からないが、こんな風景はなかなか見れないのでぜひともこれに近い風貌であってほしい。 [後記] これらの写真は当時の管理者(国王?)の許可を得て撮影したものです。わけあって校舎内に立ち入らせて頂き、その時に撮影したものです。

久原山から眺める

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たくさんの方々が写真に収められていると思うが、久原山頂上から観た景色が昭和の時代ほど見通しが良くないように思える。 2018年11月18日撮影-1 上の写真の部分拡大 空が曇っていて霞んでいる日だが、昔はもっと見通しが良かったように思う。もっと真下や東西が見渡せた気がする。 つまり頂上にはこんなに雑木や茂みが無かったように思う。 2018年11月18日撮影-2 2018年11月25日撮影 2018年12月09日撮影 上の写真は今日、逆に下から久原山を見上げたものだが、国道191号線三隅バイパスからの風景だ。 朝の9時頃の撮影だが今にも雪が降って来そうな寒空だ。 下界から山の頂上を眺めるのも悪くない。 先日、あそこ(頂上)にいた自分を思い出しながらの撮影なのだ。

寒い朝のこと

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今朝のニュース番組で鳥取県で初雪を観測と言っていたが昨晩我が家でも霰(あられ)が降った。霰は雪とは言わないようだ。 それにしても今朝は寒い朝だった。寒い朝を迎えると個人的に毎年思い出すのが2011年の1月の雪の日のこと。 前の晩から雪が降り出して朝になって風がやみ、薄っすらとした雪景色を写真に残そうと思い立ち長靴を履いて歩き回った時のことが忘れられない。 慣れ親しんだ地元三隅の雪風景の美しさにあらためて感動してしまった。 2011年01月07日撮影-1  背景の久原山が素晴らしい里山感を醸しだしている。 2011年01月07日撮影-2 2011年01月07日撮影-3 2011年01月07日撮影-4 2011年01月07日撮影-5 2011年01月07日撮影-6 2011年01月07日撮影-7 冬にもよく似合うコカコーラのトラック。恰好が素敵だ。 2011年01月07日撮影-8 2011年01月07日撮影-9 それぞれの風景には行き当たりばったりではなく、過去の記憶や知識と想い出という土壌があってこそさらに美しく感じられるもので、観光気分で眺めても何の感情も湧かないものがある。 それに勝る写真を撮れるのがプロの写真家かもしれない。 [後記] 今になって思うと、これらの写真を撮った約2か月後の2011.3.11に発生した大震災が余計に印象深くしているようだ。 こんなに美しい日本の風景が廃れていくことのせつなさがジワジワと胸に押し迫ってくる。