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向山から久原山を目指す仲間

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昨年から「向山から久原山に向かう山歩き」をしていることを色々な方に話しているうちに同行を希望される方が現れた。 こんな山歩きに賛同する方がいるとは当初思わなかったが、辛い顔をせずに同行していただいた。唯々感謝する。 2019年01月14日撮影-1 2019年01月14日撮影-2 2019年01月14日撮影-3 2019年01月14日撮影-4 2019年01月14日撮影-5 写真を見てわかるように最後尾でバックアップしていただいた方が写真を撮影してくれていた。つまり4人で決行したわけだ。 私は山歩きはほとんどが単独行なのだがこのような山歩きも楽しいものだ。 コース図の案 今回は上のコース図のAルートを4名で歩いたわけだが、ほとんどが未整備の区間でありながら尾根道に関しては写真のように気分よく歩ける。 しかしながら毎回帰りのルートの最後で迷ってコースを外してしまう。 まだまだ未熟であった。未整備の山はもっと慎重に歩かねばならない。 皆さん、これに懲りずにまた行きましょう。

2年前のこと

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2017年(平成29年)の1月に実質的な三隅町役場の建屋の取り壊しが始まった。昨年も同じような書き込みをした気がするが、ひょっとしたら毎年1月になるとこのことを思い出して書き込もうとするのかもしれない。 2017年01月25日撮影-1 2017年01月25日撮影-2 2017年01月25日撮影-3 実際は2013年(平成25年)10月15日から役場(長門市役所三隅支所)の中身は移転していた。 2015年09月22日撮影 お知らせの拡大 2016年12月に取壊しの準備で足場が架けられた。 2016年12月06日撮影 最初の写真のように実際に建屋が崩されていくところを目撃すると妙に寂しさが湧き出てくる。 また来年になると書き込むかもしれない。

ヤマガラがやってきた

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1月になって毎日のように色々な野鳥がやって来る。それもヒヨドリが居ないすきを狙ったようにやって来る。 2019年01月15日撮影-1  ヤマガラが目の前を横切って、一瞬ジョウビタキかと思ったがよく見るとヤマガラで久しぶりに確認できた。 上手く撮影できなかったので興味のある方は「 ヤマガラ 」でネット検索してください。 そしてその後すぐにノスリがやってきて地面に下りて来た。 2019年01月15日撮影-2 何か小動物を見つけたのかもしれない。 以前書き込んだ「エナガ」にしろ野鳥の「 カラ類 」は小さくて可愛いし奇麗な羽毛をしたものが多い。 シジュウカラ、コガラ、ヤマガラ、エナガなど すべてこの地三隅で見れる。たぶんゴジュウカラもいると思う。 一眼レフに望遠レンズをつけて撮影したいとも思うが、見つけることだけでも楽しくなる。 ヒヨドリが少なくなったら野山を駆け巡ってみようと思っている。 [後記] 最近裏山から聞いたことのない鳥の鳴き声がする。うまく表現できないが「ヒヨヒヨヒヨヒョ~」というような鳴き声だ。正体が判明したら書き残しておこう。

三隅川河口から源流の山を臨む

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三隅川河口に「琴橋」という通称「小島の橋」が架かっている。この橋のたもとから三隅川の源流となる桂木山が見える。 2019年01月14日撮影-1  この川を遡っていくとあの山(桂木山)にたどり着く。 2019年01月14日撮影-2 2019年01月14日撮影-3 下の写真は桂木山山頂から三隅川河口を眺めたもの。 2018年12月31日撮影 さすがにハンディカメラでは琴橋まで確認できないがこの写真は結構見晴らしの良い日のものだ。 美東の山に降り注いだ雨や雪が湧き水となり三隅川へと流出(ながれいずる)。 山頂から連亘する尾根にかけての広葉樹林にろ過され、中腹の針葉樹林でさらにきれいな水となる。それらが地下水脈と一体化されて三隅川に入って来る。そして栄養豊かな水となって仙崎湾に流れ出る。 この地は本当にすばらしい自然に恵まれている。 [参考] 昨年追い求めたことがあったが、三隅川の源流は美祢郡美東町(現美祢市)の保ヶ原地区の桂木山中腹より始まり西に流れ小島(仙崎湾)に至る。 (ちなみに桂木山は美東町と秋芳町にまたがる。その水域は東側の美東町側から三隅川へと北上し、西側の秋芳町側から厚東川へと南下する。) 三隅川は途中7本の支流が合流する。上流から順に挙げると・・・ 大里川、杉山川、追分川、辻並川、大竹川、姫田川、二条窪川と合流してくる。いつかそれぞれの支流の風景も残していきたいと思っている。

三隅川の景色~汽水域

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三隅川はその最下流域で海苔の養殖がされている。目の前は仙崎湾だ。 この辺りでは毎年の風物詩の如く寒い中を海苔の刈り入れを見られる。この季節、琴橋を渡るときの楽しみの一つだ。 2011年01月07日撮影-1 2011年01月07日撮影-2 2011年01月07日撮影-3 曇天の雲の下、本当に寒そうな風景が撮れている。 これらの写真は8年前に撮影したものだが背景に大隅ゴルフガーデン(ゴルフ練習場)のネットの枠組みが写っている。今となっては貴重な写真となってしまった。 東日本大震災から8年が経過しようとしていることを改めて感じる。

三隅川の景色~舟戸・蓼原付近

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今回は三隅川下流域の風景だが、昨年の1月の撮影から。 2018年01月03日撮影-1 2018年01月03日撮影-2 2018年01月03日撮影-3 2018年01月03日撮影-4 子供の頃、テナガエビを釣っていた場所。今見ると深く感じないが昔は落ちたらやばいと思うほど深く感じた水域だ。 2018年01月03日撮影-5 下の写真はつい先日撮影したもの。 2019年01月10日撮影 1年前とほぼ変わっていない。 変わっていないことにホッとする風景がここにある。 ところで・・・ 大雨や台風などによる土砂の流出のせいか川底のレベルが上がってしまい、東関渕より下流域はとっても浅くなってしまったように感じる。 水深が浅くなると藻が増えて動植物の生態系が変わってしまっているように思う。カモやオオバンの個体数が圧倒的に増えているように感じる。 自分が子供だった頃はこの辺りは水深がもっとあり、川底がまったく見えないため神秘的な雰囲気があった場所だ。

「さようならSL」の頃

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今から44年前の昭和50年1月12日(日)のこと。 長門市駅から下関駅に向けてD51蒸気機関車が走った。 長門市広報より この記事のとおり本州からSLが消え去ったのは1974年(昭和49年)11月30日だが、昭和50年1月12日に「さよならSL」というイベントが開催され、D51が長門市駅から下関駅まで運転された。 下の画像はその時の映像の一コマだ。 1975年1月12日-1 当時の長門機関区を背景にしたD51。 1975年1月12日-2 1975年1月12日-3 今は跡形もなく撤去された長門市駅の転車台が現役で使用されていた頃の貴重なカット。扇形庫に向けて入っていく前に転車台に乗る。 私の釣りの師匠でもあった母方の伯父(すでに亡くなった)がこのSLを運転していたこともあって、竿を並べながらこの当時のことの話をよく聞かされた。映像や画像を見るとその伯父のことばかりを思い出す。愛すべき国鉄マンであった。 その昔国鉄の分割民営化が叫ばれる前の時代(「累積赤字」という言葉も知らない時代)、自分の周りの大人たちが長門市駅のことを「正明(しょうみょう)駅」と言っていたため、自分もそれに倣っていた。 その当時の長門市駅はとにかくたくさんの人がいて、駅構内にとっても長い編成の列車がたくさん並んでいた。当然貨物列車もいて駅の上空には黒煙が漂々と漂っていた。扇形車庫の向こう側には国鉄官舎が立ち並び線路を渡って物資部に買い物に行く家族たちをよく見かけた。 生き生きとした表現?をしたが、記憶のイメージは白黒の世界で「汽車」と「黒煙・ばい煙」と「線路」とが辺りの家々を巻き込んで独特の風景を造り出していた。さらにホーム上ではカンカン部隊の残り香か、生臭い匂いがずーっと残っていて石炭の燃えカスや蒸気の匂いと混ざって独特の臭いを醸し出す。 そのようなモノクロの世界で人々は働いていた。本当によく働いていた。