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吹雪の風景

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昨日に続いて「寒い日」がテーマだが今日も明方は寒かった。 車のフロントガラスがパキパキに凍っていてあたかも雪の少ない雪国だ。 2012年に吹雪の中をカメラをもってウォーキングした時のことを思い出した。何を思ったか、「三隅だとわかる吹雪の風景」を残したいと思って撮影した記憶がある。7年前のことだがはっきりと覚えている。 2012年01月25日撮影-1  こんな日にも犬の散歩をされている方がいらっしゃることが驚きで、この後に傘が反り返ってしまった。背景は上東方の山。 2012年01月25日撮影-2 三隅川下流の風景。対岸は下東方。 2012年01月25日撮影-3 舟戸の様子だが、吹雪いている感がまったくない。 吹雪の様子を残すのは難しいことが分かった。 2012年01月25日撮影-4 向山のカーブ。(賽ノ神) 2012年01月25日撮影-5 正面の山は久原山。 雪が降っていないため吹雪の感じがまったくつかめない。 今現在は吹雪の中を外出するような元気(気力?)はないが、今しかできないことは無理をしてでもやっておきたいという気持ちは持っている。 暖かい部屋にいるとさらに老化しそうだ。風邪をひかない程度に外に出ようと思っている。 しかし大嫌いな花粉のシーズンに突入してしまった。

凍った風景

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今年は暖冬とか言っているが、寒い日はやっぱり寒いと思う。 しかしながら年が明けて今までに三隅においては凍てつくような凍った風景は拝めていない。 そこで探してみた。 2年前の今日(2017年2月11日のこと)にとっても寒い風景を撮っていた。 2017年02月11日撮影-1 2017年02月11日撮影-2 2017年02月11日撮影-3 2017年02月11日撮影-4 2017年02月11日撮影-5 雪の量は大したことは無いが、とにかく凍っていて寒そうな風景が撮れていた。 そういえば何年か前にテレビで「危険な寒さ」という言葉を初めて聞いて山口県でもそんなことがあるのだ、と認識したことを覚えている。確かにその時はたくさんの世帯で水道管が破裂して断水状態になったと記憶している。 我が家では断水はしなかったが、その後に水道管の劣化による漏水で水道料金が跳ね上がってしまったことがあった。 冬と夏の温度差が昔より激しいがために色々な設備の耐久年月が縮んでいるのかもしれない。 凍った風景を単純に楽しめなくなった。

下郷の風景

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正明市の西側に位置する下郷のとっても印象的な風景を残したい。 正明市と書いて「しょうみょういち」と読みます。私たちの世代以上は子供の頃には「長門市」とは言わず「正明市」、又は略して「しょうみょう」と言っていました。 2014年08月25日撮影-1 2014年08月25日撮影-2  この風景を残したいと思ったのは・・・ 今現在、長門市役所本庁の駐車場に新庁舎を建設中で、もうすぐ景色が変わって来るであろうと思ったからに外ならない。 先日現地の建設現場まで行っては見たものの、灯台元で撮る灯台は印象があまりに違っているのと同じで、真下で撮影しても記憶に残る風景にはならなかった。 自分にとって本庁舎の印象は「下郷から観た長門市役所」が一等賞で、特に山陰本線と美祢線に挟まれた位置からの城山を背景にした市役所の姿が好きだ。 ということで5年前の夏に撮ったものを残すことにした。 ここに10両編成程度の列車が乗っていれば最高の写真なのだろうと思う。 その他の下郷の印象的な写真もピックアップしてみた。 2014年09月07日撮影-1 2014年09月07日撮影-2 2014年09月07日撮影-3 2014年09月07日撮影-4 下郷に「長門自動車学校」があるおかげで、かなりの方がこれらの風景を記憶されていることだと思う。 色々な想い出と共に風景が重なってくる。

三隅バイパスの大きな看板

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1995年(平成7年)に完成した「 村田清風記念館 」の三隅バイパス側の入り口にとっても大きな看板が設置してある。 2018年02月16日撮影-1 2018年02月16日撮影-2  強烈なインパクトを与えるこの看板は、すでに三隅バイパス(国道191号線)の風景の一部となって市民の記憶の中に植え付けられている。 2018年02月16日撮影-3 今の看板がとっても印象深く記憶にインプットされてしまったので以前の看板を忘れてしまった。 PCに残っていたので過去のものをアップしておくことにしよう。 2017年08月26日撮影-1 2017年08月26日撮影-2 ところで、 これらの看板が見えていた三隅バイパスは、村田清風記念館が完成する1年前の1994年に全面開通している。 開通してしばらくはこのような看板は設置されていなかったと思うがいつからこの看板が存在したのか記憶にない。 1997年11月03日撮影 三隅バイパスの完成に伴って三隅の印象と風景が大きく変わってきた。 色々な物が出来たり無くなったりした「平成」がもうすぐ終わろうとしている。 [参考] 香月泰男美術館は1993年(平成5年)10月にオープンしている。

香りの森

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「いこいの森みすみ」の中に「香りの森」と名付けられた一帯がある。 地形図上では小さなピークとなっている場所だが駐車場から昇っていくにはけっこうな急坂を強いられる。 2019年02月04日撮影-1 ルートとしては 展望広場 から 夫婦岩 を目指して、帰りに 香りの森 へ下っていく方が楽かもしれない。  今の季節に行くとよくわかるのだが「梅の香り」ということだろうか。 紅白の梅の花が見事に咲いていた。 2019年02月04日撮影-2 2019年02月04日撮影-3 2019年02月04日撮影-4 2019年02月04日撮影-5 2019年02月04日撮影-6 山歩きをしていて小さいながらも広場やピークに到着すると開けた環境なせいかホッとすることがよくある。その場所でこのようなきれいな花や香りを味わえるのは精神的にとっても良いと思える。 ただしこの日は風が強かったためまったく梅の香はしてこなかった。 サクラのシーズンもいこいの森はお勧めです。

人丸駅舎のこと

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山陰本線の人丸駅の入り口に鳥居のオブジェがある。 2017年11月頃に設置されたようだがまったく知らなかった。偶々通りかかった時に気がついてびっくりした。調べてみると設置当時には新聞等にも掲載されていたようだ。そしてその正面には最初は「元ノ隅稲成大神」と書かれていた様子。 2019年01月17日撮影 上の写真の部分拡大 このように今は「元乃隅神社」と変更されている。 さて、ここからは「個人的な思い」を書いてみる。 「鳥居のオブジェ」だけが新しく、妙に違和感があるのだが取ってつけた感が否めない。何十年か経過すると馴染んでくるのだろうか? さらに「地元の方々は嫌ではないのだろうか?」とか「人丸神社を無視しているのでは?」とかその場で考えてしまった。 どうしても安易な考えで付けてしまった、としか思えない。 しかしながら何十年も経過して鳥居が無くなると逆の「違和感」が発生するのかもしれない。赤い鳥居をくぐって通学していた、という年代がその時の想いを書き残すかもしれない。 3年前に撮影した人丸駅界隈の様子を残しておこう。 2016年01月16日撮影-1 2016年01月16日撮影-2 2016年01月16日撮影-3 2016年01月16日撮影-4 2016年01月16日撮影-5 いつか「人丸駅」のことを詳しく書き残しておきたいとも思っている。

半田地区の棚田

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先日アップした「猿田彦の塚」の辺りは 秋芳町嘉万半田 という地区なのだが、実はこの地区は「 やまぐちの棚田20選 」に選定された地区でもある。 2019年01月29日撮影-1 2019年01月29日撮影-2  如意ヶ岳山頂は鉄塔の送電線ルートの向こう側になるので半田地区からは見えないようだ。今度如意ヶ岳に登ったらこの写真に写っている山頂から半田地区を眺めてみようと思う。 (尾根伝いに行けるはずだが下から見ると伐採がされていない様子なので何も見えないかもしれない。) 2019年01月29日撮影-3 半田公会堂  2019年01月29日撮影-4  荒神様辺り 2019年01月29日撮影-5 天井山(602m)、大滝(607m)及び如意ヶ岳(545m)に囲まれたこの地区は湧き水(半田弁天池)や厚東川の恵みを受けて古くから農地、水路、農道などの保全に尽力されてきたエリアで、その上方の八代地区を含めてとても美しい風景を残されている。 このような美しいエリアが隣の町にあることが嬉しく、そして誇らしい。時間をかけてゆっくりと散策したいと思っている。