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小浜の道

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過去には国道191号線であった県道287号は沢江踏切から小浜へ向かう辺りで山陰本線と並走する。 いつだったか「R300のカーブ」といったタイトルで載せた場所だ。 2020年06月15日撮影-1 2020年06月15日撮影-2 この辺りが三隅町と長門市の境界だった。 2020年06月15日撮影-3  未だにこの踏切を渡ると「三隅に帰ってきた!」という感覚が浮かび上がる。 2020年06月15日撮影-4 今現在、晴れた日に歩いてみると仙崎湾(小島湾)の眺めが美しく、爽やかな気分になれる場所だ。しかし見てのとおり歩道がないため車の往来に結構な気を遣う。 高校生だった頃、自転車で通学するのに迂回路が無いためこの場所を通るのが嫌でならなかったことを思い出す。さらに海藻が腐った匂い?に悩まされながら速足で漕いでいたことも思い出した。 平成6年に三隅バイパス(現、国道191号)が完成してこちらの旧国道の交通量が減ったと思いきや誘致された企業や集落は旧国道側にあるわけで車の通行量は全く減っていないような気がする。 [参考] 国道191号線 三隅バイパス: 1989年(平成元年)2月27日に町道浅田1号線~長門市小浜間2.3Kmが部分開通。 1994年(平成6年)3月30日に浅田~中村間3.2Kmが開通し全面開通した。 [後記] 県道がバイパスと合流するすぐ手前にお地蔵様がいらっしゃる。 2020年06月15日撮影-5 2020年06月15日撮影-6 昭和の頃からここに在ったかどうかは記憶にないが何ともひっそりとしていらっしゃる。 道祖神?であろうが小浜峠に向いておられるように見える。 歩いてみないと目につかないものがたくさんある。

二条窪より旧道で坂水へ

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「三隅町の歴史と民俗」に付録として付いている「三隅町管内図」によると二条窪から坂水に抜ける峠を「石原峠(いしはらだお)」と書かれており、地理院の地形図と差異がある。 いつか正解が分かったら再度書き込むことにする。 ところで、この二条窪は昔と違って立派な県道が南北に通っている。その県道が二条窪集落を過ぎて峠にさしかかる辺りから旧道(昔の峠道?)が左に分岐する。 県道と分かれる辺り 山に入っていく 林道のような? 谷を跨ぐ? 鹿が4頭居た・・・ ベルトコンベアが旧道の下を・・・ まともな道はここまでだった。 地形図にある道?のこの先は、ほぼ 廃道 でまともに歩けるところではなかった。 倒木を乗り越え行くと・・ 完全に道が消えた! 何とか県道の擁壁に 県道の擁壁に辿り着いたがそこは不法投棄のゴミと廃棄物で一杯だった。 擁壁が高くて上がれない。 やっとの思いで県道に上がれた。 道があると思っていたが完全に廃道だった。 国土地理院地形図より そしてさらに旧道を探してわき道に入って行った。 鎖の横を抜けて少しだけ入った。 突き当りに鉄割山か? ここから山裾に沿うように道を逸れて左に入って行った。 山裾に沿って進むが? ここで道らしき気配が消えたので県道まで引き返した。 県道に戻って坂水の集落まで来た。後ろを振り返るとこんなに素敵な風景があった。

石原峠のこと

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三隅の二条窪から奥畑へと抜ける(山越え)「石原峠(いしはらだお)」と書いてある峠がある。「あった」、と過去形で書いたほうが正解かもしれないほど二条窪側にはその道の形跡が見当たらない。 二条窪辺り 2020年06月15日撮影-1  この近辺を地形図を頼りに探ってみたが山道らしき形跡は見つからなかった。 2020年06月15日撮影-2 2020年06月15日撮影-3 県道をもう少しだけ坂水方面へと近づくと・・・ 2020年06月15日撮影-4  県道のすぐ上の山中で祠を発見した。 2020年06月15日撮影-5 位置的には地形図の「石原峠」と書かれた文字のすぐ下の辺りだ。 しかし辺りの様子を伺ったが「峠」へと行けそうな道はない。 そうするとこの祠は何だろう?地元の方に聞かないとわからないだろう。いつかわかったら記録しておくことにする。 昔の人々の使用していた生活道や街道などを気配を探りながら訪ね歩くと結構楽しい。 [後記] 「石原峠」と書かれたこの峠はひょとしたら「才ヶ峠」かもしれない。 二条窪から坂水に抜ける峠が「石原峠」なのか、今は確定できないでいる。

夏に向けて

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梅雨真っ盛り、という表現はおかしいが昨日の日曜日に結構な量の雨が降った。梅雨入り後に夏野菜などが一斉に輝きを増したように艶々してきた。 2020年06月13日撮影-1 2020年06月13日撮影-2 2020年06月13日撮影-3 2020年06月13日撮影-4 2020年06月13日撮影-5 この風景と共に毎年現れる風景?が下の写真。 2020年06月09日撮影 梅雨入り前の天日干しの風景。 6月になってほとんど雨が降っていなかったので田んぼも生き生きしてきた。水路の水もカラカラの状態が続いていたが何とか正常な状態に戻った様子。 これから蒸し暑くなってくる。

蛍まつりは中止

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今年は新型コロナウイルスのせいでイベントやお祭りがことごとく 中止 されている。 今の時季と言えば「 蛍まつり 」だ。しかしホタルはいるのにお祭りは無い。 昨年の今頃撮影した秋芳半田弁天池の風景。 2019年06月03日撮影-1 2019年06月03日撮影-2 そして今年はというと、せっかくの とってもきれいなポスター が・・・ 中止のお知らせで台なしだ! (ポスターを勝手に貼らせていただきました。) 三隅の上地区の蛍まつりも中止されてホタルもびっくりしているかもしれない。 先日1匹のヘイケボタルが玄関の引き戸のガラス部分に留まっていた。 門灯を消していたのでとっても目立って家の中からすぐに蛍がとまっていることが分かった。 捕まえて草むらに逃がしてやったがまた家まで舞い戻ってきた。 自分的には今年の蛍はこれで充分であった。

桂木山のこと

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このブログで時々出てくる山に「桂木山(702m)」という名峰がある。 西は秋芳町、東は美東町、山頂に接してはいないが北は三隅町という位置にある。 その山頂には山王様と青景八幡宮の御室があり、 嘉万と青景と それぞれ両方に向いているらしい。山王様は妙見宮であり北辰妙見が祀られているとの事。 2018年05月12日撮影-1 2018年05月12日撮影-2 2018年05月12日撮影-3 2018年05月12日撮影-4 2018年05月12日撮影-5 2018年05月12日撮影-6  桂木山はその昔「 四城ヶ嶽 」と呼ばれていたようで、国土地理院の資料には現在もその「三角点名等」の欄に「四城ヶ 岳 」と記されている。 ここでいう「 四城 」とは何のことであろうか?実に気になる。 その昔(いつ頃のことかは分からない)、大分の宇佐神宮から山伏が修行に来て秋芳白糸の滝に打たれていたとの言い伝えもあるらしい。 さらに山頂では雨乞もしていたようでもある。昭和の時代の雨量観測小屋が今も廃墟化して残っている。(写真のコンクリートの部屋?) そろそろ山頂にお参りに行きたいが梅雨に入ってしまった。

紫津浦のこと

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長門市の青海島に「紫津浦(柴津浦)」と呼ばれる湾がある。 同じ長門市に暮らしていて情けないことにこの読み方が分からない。 「しつら」か「しつうら」か、「しつがうら」なのか。 又は「しづうら」か? 地形図だけを頼りにすると・・・ 明治時代測量の地形図  紫津浦の「津」の横に「ケ」の字が打ってある。 そうするとこの湾は「しつがうら」と云うのか? 昭和時代の地形図 上の地形図は「しつら」と振ってある。 現在の地形図 なぜ突然とこんなことを思ったかというと、昭和の時代にしまい込んだ箱から出てきた「静ヶ浦たい養魚場」の絵葉書を見つけたからだ。 こんな絵葉書があったことにびっくりで、そして地形図にない「静ヶ浦」ってどこの場所のことかが気になってしまった。 絵葉書 絵葉書の通信面 昔からこのエリアを「静ヶ浦」と言ってはいたが「静ヶ浦」とは俗名で本当は「船越」というのではないか?とか妙なことを考えてしまう。 この地のバス停も「静ヶ浦」と名がついているからやはり地名なのか? 湾の名が「しつがうら」で土地名が「しずがうら」なのであろうか。 そういえば2012年にこの辺りを撮影していた。 2012年02月20日撮影-1 2012年02月20日撮影-2 2012年02月20日撮影-3 地形を見てもわかるようにとっても波静かな湾内で穏やかな場所だ。 のんびりと釣竿を伸ばしてみたい場所だ。