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記憶に残る風景その7~野波瀬の店

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野波瀬にはたくさんの店があった。その中ですでに無くなったお店を記録。 オカザキ商店(通称「おかざき」) 元々は衣料品店だったが、入り口(下の写真の自販機横)に駄菓子を置いていたため子供たちのたまり場になっていた。 2005年05月08日撮影-1 2012年08月18日撮影 中野商店(通称「なかき」) 食料品、雑貨、駄菓子、たばこ等々何でも売っていた。 建屋自体が無くなってしまった。 2005年05月08日撮影-2 2013年05月03日撮影 宮本商店(通称「みやもと」) 野波瀬でも人気のみよしの醤油(ミヨシノ醤油)を置かれていたが、昨年閉店されたようです。 2003年01月21日撮影

扇山から三隅は明けて

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三隅民謡「扇山から」を現代の風景で馴染ませる。 以前アップした歌詞をもう一度見てみる。 (一番)  扇山からの日の出とみすみ川のさざ波をイメージして 2016年11月02日撮影 さざ波のない静かな三隅川の早朝の風景を撮影したが、古人はこの風景を見て作詞したと思い込む。いと楽し。 (二番)  湯免温泉の中心地の風景から2枚 2006年10月12日撮影  湯免温泉大衆浴場 2007年04月12日撮影 湯免観光ホテル正面ロータリー 「おいら杣人 奥山暮し」とは権現山であろうか、木こりを生業として山奥で暮らしているが、連れ合い(奥方?)は湯免で育った方なのか山までは来ない。 山で寂しい時は樫の丸太を抱いて寝ている、という風にとらえるとすごく味わい深い恋歌に聞こえる。 (三番)  「袖の湊」とは沢江の古い呼び名のことらしい。 2016年05月20日撮影 琴橋付近より白潟の湾に沈む夕日。 現在の沢江踏切のすぐ横に、小さな船着き場と浜が残っている。「杣の湊」とはたぶんそこのあたりだと思う。 カモメの鳴く声が想いを寄せる娘の唄に聞こえ、そこから開作地区の松風を浴びながら昔を想うと雨が降り出した、という情緒豊かな表現がされている。 (四番)  左幸島、右松島ということで室生の船着き場から1枚。 2005年05月08日撮影 野波瀬浦か、室生の船着場から、片手で櫓をこぎながら月夜に漁に出ていくと、波も穏やかで櫓のきしむ音が聞こえてくるような風景。「とんとろり~」 作詞: 白藤孝亮 作曲: 平川喜敬 補佐編曲: 船村 徹 唄: 霧島昇、花村菊江 レコード制作: コロムビアレコード会社 昭和33年に計画・作成されたものです。

記憶に残る風景その6~荒川石油三隅店

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昨日に続いて平野地区の2006年の風景。 2006年の秋、たまたま通りかかった「荒川石油」の給油機に閉店のお知らせが貼ってあった。 閉店されることはその少し前から店員さんに聞いてはいたが、貼り紙を見てとどめをさされたような気がした。 2006年10月09日撮影-1 出来れば、休業日ではなく、営業日に撮影しておきたかった。ロープが張ってあるだけで人の気配が感じられなくなる。 2006年10月09日撮影-2 現在は全くのさら地となっている。

記憶に残る風景その5~「ちょいと」のとなり

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平野の居酒屋さん「 ちょいと 」の隣に「 小僧寿しチェーン三隅店 」があったがその後に「 季咲楽 」と名前を変えてきた。 2008年09月09日撮影 さらにその隣に「 ラーメンストアー 」があり、斜め前には「 荒川石油 三隅店 」もあって平野地区がちょっと賑やかで、彩(いろどり)のある町並みだった。 2007年09月05日撮影-1 2007年09月05日撮影-2 景色が変わるとそれに伴って街(町)の音が変わっていく。 いつの時代もその時の見慣れた風景があり、残された写真にその時の人の気配が伝わってくる。 街(町)の中の雑音や目に入ってくる景色は生活の一部であり安定剤のようなものだと感じることがある。 家の中の雑音も然り。例えば御飯が炊ける釜の音、まな板に包丁があたる音、食器を重ねたり並べたりする音などはなぜか心地よい。 又は定時に聞こえてくる列車の通過音、バス停で止まるバスの音、このような生活のリズムを刻む気配は必要不可欠である。

記憶に残る風景その4~三隅町保育所

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野波瀬にあった「三隅町保育所」のことを紹介。 野波瀬に向かう坂道を下り始めるとすぐ右手に現在倉庫のような建物がある。 そこに「三隅町保育所」があった。(野波瀬保育所ではない。) こんな狭いところで運動会があったことを思うとびっくりしてしまう。 当時のこの道は、まだ舗装されていなくて車がほとんど通っていなかったため、とっても狭かった記憶がある。 2015年の撮影 2003年1月21日撮影 上の写真は「三隅町保育所」が建っていた場所の写真。 跡地はしばらく更地だった。 昭和30年代後半~40年代初期の撮影と思われる。  上の写真を見ると部屋の灯りが点いているように見えるので現役で使用している頃の写真と思う。拡大すると、人物が見える。 当時の保育所の先生かもしれない。 県道から降りてくる坂や、建屋正面の階段は現在も当時のままだと思う。 その階段を撮影したものが下の写真です。 ジャングルジムや砂場があった場所は法面で防護壁となっているが、とっても懐かしく感じる。 2013年12月30日撮影

記憶に残る風景その3~三隅町特産品直売所

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2008年2月23日に三隅IC~明石IC間が開通した萩・三隅道路の三隅IC近くの風景。 2011年9月23日に明石IC~萩ICが開通してとっても便利になったが、此処(三隅IC)の道路の構成はどうしても馴染めない。 下の写真2枚は、昨年(2015年)撮影した「三隅町特産品直売所」と「るぱん茶屋」(以前は「食事大将」)があったあたりの風景。 2015年09月22日撮影-1  この先左手につばめ砿油が位置していたが、まったく形跡がない。 2015年09月22日撮影-2 下の2枚は「三隅町特産品直売所」の建物(営業はしていない頃)と「るぱん茶屋」(営業中)がある頃の風景。 2010年03月22日撮影 2007年09月20日撮影

記憶に残る風景その2~エースみすみ

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私は少し前まで、現在のサンマート(マルキューグループ)のことを「エースみすみ」と言っていた。新しく出来たお店の名前がなかなか覚えられないのは初老の症状か? ショッピングセンター「エースみすみ」は昭和56年(1981年)9月に当時の三隅町浅田にオープンした。 以前にも紹介したが、正面左端に喫茶店があったころはよく通っていた。ドアを開けると「カラン・コロン・カラン」というドアベル(カウベル)が鳴り、いつものおねーさんとおかーさんがいる。 2007年05月25日撮影 エースみすみの取り壊しの前の写真。 2007年09月05日撮影 建物の撤去(解体工事)が始まったころの写真。 緑色のロゴマークはよく見ると親子?の下に「エース」と描いてある。