2021年9月30日木曜日

八幡さまのお祭り

 2年前に歩いた桂木山の写真を探していて見つかったのは三隅八幡宮の秋季例大祭の「お祭り」の写真だった。そういえばその日は午前中に美東町山中峠から保ヶ原ルートで桂木山を散策し、午後から三隅八幡宮の兎渡谷神楽舞の奉納を撮影に行っていた。神楽舞の様子は以前に掲載した記憶があるので今回は露店の様子を顧みる。

2019年09月16日撮影

2019年09月16日撮影

2019年09月16日撮影
八幡様のお祭りにはやはり屋台で焼いているタイ焼き、大判焼きなどの香ばしい匂いが付き物で、この匂いを嗅ぎたくてやってきていることも外せない。色々な煙が立ち上り、発電機の音と混じって「いかにもお祭り」を醸し出している。昭和の時代には香具師の方々がインチキくさい食べ物やぬり薬のような品を売りさばいていたが今思うと懐かしくてしょうがない。思い出すに今一つ物足りないものは「玩具やお面の露店」と「金魚すくい」が無かったことだ。その時代に流行ったアニメなんかのヒーロー、ヒロインのお面がボードに飾られた風景は特に印象深い。しかし仮にあったとしても売れないのだろう、と思ってしまう。

今の時代、「おもちゃ屋さん」がないので余計に期待してしまう。これでもかと店を狭くするほど並べられたり吊り下げられたおもちゃでいっぱいのお店は今は見れない。自分の場合は駄菓子屋よりもおもちゃ屋がお気に入りだ。


2021年9月24日金曜日

天井山系のこと

 旧三隅町権現山から南西に延び、深川、渋木を経て花尾山、さらには大ヶ峠まで屏風状に連なった天井山系の稜線。

天井山系断面図
上の断面図はその稜線を辿ったものだが、横軸が10Km以上あるものを無理やり縮めていることと縦軸のスタートレベルを300mとしたことが実際の山々と違ってはいるが、横軸だけを引き延ばすとイメージがつきやすい。
途中、荒ヶ峠と大水峠にはお地蔵様が鎮座されている。これら標高300m~600mの起伏は歩いてみると私の年齢には結構きつく感じられる。
天井山系位置図

北東端の権現山から天井山辺りまでは三隅平野から眺望できる。
2021年08月29日撮影

2021年08月29日撮影

2021年08月29日撮影
これらの稜線は当り前だが山に近づくと全く見えなくなるしピークが隠れてくる。以前にも書いたが冠雪でもあればミニアルプスと言っても過言ではない風景だ。

2021年9月21日火曜日

ベルトコンベアの終点から

 秋芳より荒ヶ峠、そして鉄割山を貫いてやってくる住友大阪セメントのベルトコンベアの終点は仙崎白潟湾に浮かぶ。

2021年09月10日撮影

2021年09月10日撮影
ピックアップすると要塞のようにも見える建造物と沖に浮かぶ巨大なタンカーは仙崎湾のランドマークとなっている。

2021年09月10日撮影
目前のセンザキッチンと海上保安庁の巡視艇の背景を成す青海島の山々は左から高山、木斛山、寺山そして大泊山(巡視艇の右後ろ)だ。

2021年09月10日撮影
沢江湾(仙崎湾)を隔てて三隅方を眺めると権現山がどっしりと聳え、右後ろに桂木山のピークが顔を覗ける。

薄曇りの様子ではあるがそれぞれ穏かな風景だ。


2021年9月19日日曜日

向山ヤマモモルートのキノコ

 久原山トレックの向山ヤマモモルートに点々とキノコが生えていた。

2021年09月12日撮影

2021年09月12日撮影
調べてみるとシロオニタケだろうと思う。毒性の有無ははっきりしていないが別名オニゴロシと言うようなので食べてはいけない。
この大小のキノコがルート上に散らばっているのは可愛らしくもあって楽しくなる。山の中は既に秋が始まっている。

2021年09月12日撮影

2021年09月12日撮影
初めての登山者に道迷いがあってはいけないと思い、分岐点に応急的に案内板を括り付けた。ヒグラシのぬけがらはいつまであるかわからないがそのままにしてある。

2021年09月12日撮影

2021年09月12日撮影
この向山ヤマモモルートの中で一番目立つヤマモモの木。下山方向から撮影。

2021年09月12日撮影
ところで肝心の久原山頂上は、と言うと整備されてしばらく経つと上の写真のように草まみれとなる。これでは登山者ががっかりすると思うので除草と伐採(修景伐)を計画しようと思う。


2021年9月18日土曜日

豊原神社を過ごす列車

 とってもローカル色の強いこのブログでよく登場する「豊原神社」だが、すぐ傍に山陰本線が通っていることに気付きづらい。

2021年09月16日撮影
写真の列車は長門三隅駅を出発した1574D。
上の写真の拡大
鳥居でも見えれば気付くのであろうが社殿も裏から見れば民家のように見えてしまう。さらにこの地は豊原小学校跡地でもある。神社はたいてい背後には「お山」が控えていることが多いがここは畑で余計に気付かない。
シーズンによっては桜が咲き分かりやすくなるが、やはり神社は鳥居や狛犬が見えたほうが分かりやすい。


2021年09月16日撮影
この朱色のディーゼル車は田舎の、それも田園地帯の風景によく馴染む。一昔前は黄色の車両が多かったが塗り替えただけであろうか。

2021年9月17日金曜日

彩雲か

 台風14号が迫りくる中、夕涼みの散策途中の西の空。

2021年09月16日撮影

2021年09月16日撮影
虹の端っこ?と思いはしたがひょっとしてこれが「彩雲」なのではないか、と思い直した。彩雲の定義は知らないが雲に虹色が映ったような現象だと記憶している。今回は薄雲か雲間かに微かに虹色が映っていた。
縁起の良いことらしいので台風の被害が出ないことを思いついた。

反対側の東の空はというと・・・
2021年09月16日撮影

2021年09月16日撮影
三隅中学校グラウンドの背景は権現山(560.4m)だ。いつ見てもどっしりとしている。雲がかかると神々しくなるのだが。天井山にかけての尾根が三隅を護っているように感じられる。

2021年09月16日撮影

台風に備えての刈り入れに大忙しだが、嵐の前の静けさと言ったところか穏かな風景ばかりが目につく。

台風一過で何も変わらないことを願っている。


2021年9月13日月曜日

長門湯本駅

 湯本の温泉街から少し離れた位置にあるため温泉客の利用は少ないように思うが、過去には急行列車も停車していた駅だ。

2021年09月10日撮影

2021年09月10日撮影
今は棒線化されているが上下線に分かれていた形跡が窺える。

2021年09月10日撮影

2021年09月10日撮影
こざっぱりした開放感のある素敵な駅舎だ。以前に長門三隅駅舎のことを書きこんだが、つい比較してしまう。

2021年09月10日撮影

2021年09月10日撮影
眺めも良い。
2021年09月10日撮影
地元自治会の公会堂を兼ねているが、駅の風貌を残していることが何より嬉しい。「門前」という地名は勝手に大寧寺の門前と安易に考えていたが能々考えると地形的に不自然(離れすぎ?)だ。”山口県の地名”によると湯本温泉の説明に「温泉守護神として往古より住吉社があったといい、現在一之宮社がある」と記述を見つけた。場所は知らないがひょっとして「一之宮社」の門前なのかもしれない。気に留めておくこととして判明したら追記で載せることとしよう。


2021年9月10日金曜日

落日のとき

 晴れた日の夕刻は今からの季節は落日の風景がとっても素敵になる。語彙力が乏しいことに加えて撮影力も劣っているため巧く表現できないが、目にはいってくる風景は絶品だ。(切り取り方によっては写真の方が良いこともあるが・・。)

2021年09月09日撮影
東方の船着場(三隅川)にて

2021年09月09日撮影
小島漁港から

2021年09月09日撮影
三隅川河口から


落日に向って観るのも良いが照らされる東側の山々もとっても素敵に映える。
2021年09月09日撮影
夕日となる前の青空が残る時間に、西から照らされる権現山や天井山の姿は尾根と谷がくっきりと映し出されて名画となる。特に権現山はその昔「高尾山」と呼ばれたにふさわしく太い尾根と細い尾根が見事な陰影を醸し出している。写真で表現出来ないのが残念だ。


2021年9月8日水曜日

たまった土砂を取り除いています

最近の工事用看板は「○○をしています」と標記されていてチラ見をしても分かりやすいものが多い。

2021年09月05日撮影

発注者と受注者の勝手ではなく、明らかに住民に対しての言葉を選んでいる。これによって受注者も工事をしやすくなっているように思う。

三隅川橋梁及び久原橋付近の三隅川に溜まった土砂に生えた雑木は近年特に目につくようになっていた。

2021年07月07日撮影

2021年07月07日撮影
上の写真では堆積した土砂に生えた雑木で橋梁が半分見えなくなってしまっている。


2021年09月05日撮影

2021年09月05日撮影
雑木が伐採されて今度は土砂の撤去作業が始まる。

これらの河川の管理のおかげで近年の水害は無くなってきている。三隅川は昔から「川ざらえ」によって保たれてきた。それにも関わらず水害は絶えなかったようだが昭和30年代から後の河川整備の後は大水害は無いように思う。現在の三隅地区は治水工事によって守られてきたといっても過言ではない。


2021年9月7日火曜日

麓橋から

 何年か前に「三隅川に架かる橋」のシリーズを掲載したことがあるが、その後に様子が変わった橋が何ヶ所か見受けられるようになった。

今回はその中の一つである「麓橋」の風景。

2021年09月05日撮影
上中小野に向いた風景。以前は欄干部がパイプ鋼管だけのものだったと記憶しているが、近年にガードレールとパイプ鋼管の合体で丈夫そうな欄干となった。

2021年09月05日撮影
昭和39年5月の竣工と記銘されている。その当時はひょっとして欄干は無かったのではないか、と想像する。仮にあったとしても現在の久原橋のようなコンクリート製のものだと思う。57年の歳月が経っているがよくもっている。


2021年09月05日撮影
麓集落に向いての風景。

2021年09月05日撮影
実はここ麓橋に寄ったのは目的があって、国土地理院の地図に橋のたもとに三角点のシンボルが存在していたからだ。今まで気にしなかったが記憶の中にもなかったので確認に寄った訳だ。多分上の写真のピックアップしたものだと思うが草むらに半分以上埋まっていたのでびっくりした。本当に三角点なのか?。


2021年9月5日日曜日

辻並橋から

 天井山系の大水峠より流れる三隅川の支流に辻並川がある。支流といえども2級河川で上流域には湯免ダムを備えている。

その辻並川を渡る小さな橋の一つに「辻並橋」がある。

2019年09月14日撮影
橋名として「つしなみばし」と書かれている。辻並を「つしなみ」と読むのか「つじなみ」と読むのかはっきりとは分からない。比較的高齢者に「つしなみ」と読む方が多いように思うがいつかは地元集落の方に聞いてみることにしよう。

2019年09月14日撮影

2019年09月14日撮影
天井山系の稜線が正面に見える。辻並川はこの辺りをみると水路か小川に思える様相だ。この先に湯免ダムやみすみ湖が控えているとは思えないような素敵な山村風景だ。


[後記]
辻並川上流端の住所地が山口県の管理上「三隅中足河内」となっている。「足河内山」は正楽寺と二条窪の間の旧長門市と三隅町の境を成していた山だが、大水峠付近にも「足河内」という地があったのであろうか?
「三隅町の歴史と民俗」の中には次のような記述がある。
  • 足河内山 三九九メートル、字正楽寺、辻並の奥を経て天上ヶ岳に連なる。
とある。もし「天上ヶ岳」が「天井山」のことなら地形的に理解に苦しむこととなるがもう少し調査が必要かもしれない。


江の川辺りの風景(その2)

前回に続き江の川に沿って遡ってみる。 本流は右か左か、ここは山陰本線仙崎支線の田中下踏切の傍。 右に行けば県道56号仙崎港線を潜り長門郵便局の裏を抜けて長門市駅北口方面へ、左に行けば長門市駅南口を駅構内の線路に沿って流れ、そして長崎ちゃんめんの方へ南下する。 とりあえず左へと向か...