中小野の街道

 赤間関街道の名残を残す風景が中小野に残っている。

中小野は街道に沿った約1.6Kmの集落地で、その中央部で上中小野と下中小野の二つの部落に分かれている。上中小野は給領地、下中小野は蔵入地となっていた。そして下中小野のほぼ中央に萩より四里にあたる一里塚跡があったとされている。(一里塚の一つ前は追分、一つ先は浅田にあった)

2020年03月23日撮影

2020年03月23日撮影

2020年03月23日撮影
こんな素敵な街道を歩くと明峰寺に着く。
2020年03月23日撮影

2020年03月23日撮影

2020年03月23日撮影
明峰寺から街道は国道を逸れて三隅川沿いの旧道に進むのだが、ここで寄り道として正面の門前橋を渡ると湯免温泉に向かう。
2020年03月23日撮影
この門前橋の路面はなぜ「青い」のだろうか?不思議だ。

この橋(当時は木橋か)を渡ってわざわざ湯免温泉に行くわけだが、昭和の温泉開発がされる前の事で当時はどんな風景であったのか興味がわく。

慶応年代から明治にかけて維新の志士たちや地元の民はどんな格好で三隅の地を歩いていたか本当に見てみたいものだ。


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