最近様々な用件で久原山を歩くことが増えた。その用件の一つに修景伐採をする場所決めがあった訳だが久原山山頂を候補地の一つに挙げた。
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2021年09月12日撮影 |
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2021年09月12日撮影 |
写真を見てのとおりだが、現在は頂上広場の草と周辺の雑木の繁茂で展望どころか休憩も出来ない状態だ。何時ぞや訪れたときには「祠」も倒れていて(たぶんイノシシかシカが体をこすりつけて倒したものと推測する。)抱え起こして何とか体裁をとった次第だ。
2017年の頃の頂上の様子。時期的に明倫小学校の卒業記念登山があったのであろうか、育友会か地元自治会の方々の奉仕作業によってきれいになっていたのかもしれない。
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2017年03月25日撮影 |
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2017年03月25日撮影 |
今はシンボルとなっていたこの立て看板も朽ち果ててしまった。今後、どのように整備していくかが課題となってくる。
ところで久原山の頂上の位置だが、・・・
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地理院地図より |
地理院の地形図に示された頂上には地籍調査用の三角点はあるが俗にいう地理院管理の「三角点」はない。そして先ほどの写真の「頂上とされている場所」はもう少し南側のピークになる。ここには祠が鎮座(ご神体は久原の大歳社に在るとの事)されている。さらに地形図でみるとこのピークは
明倫小学校の真北になるのだが興味深いことにその東西には明倫小学校の出立となった
豊原小学校と
市小学校がほぼ直線状に並ぶ。元々明倫小学校の校舎は現在のグラウンド(運動場)にあった訳で、豊原小学校跡、明倫小学校そして市小学校跡は東西の一直線上に並ぶ。こじつけとはなったが何らかの思惑が働いたと考えても面白い。
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