2017年2月28日火曜日

三隅川河口の風景

今日は午後から暖かくなり、一日中澄み切った青空だった。本日通りすがりに撮影した三隅川河口の風景を紹介。

小島、下東方と向開作を結ぶ琴橋の橋の上から撮影。


2017年02月28日撮影-1
琴橋から河口(仙崎方面)を望む。 
遠くの海上に住友セメントの巨大タンカーが浮かんでいるが、その背景は青海島の高山(320m)である。


2017年02月28日撮影-2
琴橋から上流方を望む。 
正面の小高い山が久原山(204m)で右側奥に権現山のすそ野が観える。


2017年02月28日撮影-3
これも通りすがりの道沿いに梅園?があり、少し開花していたので遠くの権現山を背景に梅の木を撮影。場所は浅田です。


2017年2月26日日曜日

「湯免もなか」と「湯免小唄」

昨日、「湯免もなか」を久しぶりに戴いた。
中の餡からほんのりと柚子の香りが口の中に広がり・・・・・

食べログではないのでこの辺で味の感想はおいておく。でも美味しいのだ。

今日の紹介は中に入っていたチリ(説明書き)と包装紙のことだ。

湯免もなか
 説明書きの裏?に「湯免小唄」が2番まで書かれている。



包装紙の拡大
とってものどかな湯免の風景イラストが書かれている。温泉が湧き、柚子の木が傍に立っている。背景は権現山であってほしい。

 ここで「湯免小唄」を紹介!
湯免小唄

作詞:三隅小唄委員会
補佐:野村俊夫
作曲:米山雅夫
 唄:島倉千代子

昭和33年に、「扇山から」とともに当時のコロムビアレコードから発売されている。
ちょっと艶っぽい歌詞で、島倉千代子さんの唄声が素晴らしく、音源としても貴重なものだと思っている。
これは三隅の宝物です。




2017年2月25日土曜日

旧国道の今昔

2003年頃の平野地区の県道の様子と2016年の同じ地点の風景を比べてみた。

2003年頃?
横断歩道の位置が今と違う?。 


2016年11月13日撮影
明らかに違う風景は、出光(荒川石油)の看板とパチンコ店の看板であるが、その看板にかすかに見えるパチンコ店の名前が記憶と違っている。「プリンス」や「777」のような名前だった記憶があるがこの看板は「GET」と見える。そのような名前の時があったのだろう。

以前にも書いたことがあったが、この道は、元々国道191号線で、バイパスが完成したのちに県道に格下げとなった。

平野地区のこの旧国道沿いは、広大な土地があったために色々な商業施設ができやすい環境になっていた。

物心ついた時から馴染みのあるこの道にとても愛着があり、変わっていく度に寂しさと郷愁感が増してくる。(歳のせいかも?)



2017年2月24日金曜日

本当に広い広田

土手地区の南西に広がる「広田」は昔から本当に広い地域で晴れた日は壮観な景色が拝めます。

2017年02月02日撮影-1
広田から土手方面を眺望。 



2017年02月02日撮影-2
広田から久原、土手方。 



2017年02月02日撮影-3
広田から久原山を眺望。 



2017年02月02日撮影-4
広田第1踏切(4種)より豊原方面(長門三隅駅方)を望む。 



2017年02月02日撮影-5
広田第1踏切(4種)より久原方面(飯井駅方)を望む。
この先は三隅川橋梁と続き、大好きな場所。

この広い田園地帯を二分するように山陰本線が通っている。



2017年2月23日木曜日

夕刻の宗頭の風景

夕方を表現する言葉が色々とある。
季節にもよると思うが・・・

  • 夕暮れ
  • 日暮れ
  • 薄暮(はくぼ)
  • 黄昏時(たそがれどき)
  • 逢魔時(おうまがどき)

というようにすばらしい表現の仕方が色々とある。
日本語を複雑にしているかもしれないが、この感性の優れた表現力は日本ならでは、と思う。

なぜ唐突にこんなことを言い出したかというと2003年の1月に撮影した夕刻の宗頭の風景が見つかったからだ。

2003年01月27日撮影-1
旧宗頭小学校前から 「七曜舎?」さんに向いて撮影。



2003年01月27日撮影-2
宗頭の旧道の様子。(村田デンキさん前)

約14年前のものだが暗さも手伝って懐かしさが感じられる。
雨上がりの夕刻だった記憶があるがこの2枚しか残っていなかった。


2017年2月22日水曜日

寒い朝

雪景色はとっても好きだが、吹雪はやはり苦手だ。
雪が積もった晴れた日の朝は、子供の頃は本当に嬉しかった。

下の写真は、先日のとっても寒かった日にわざわざデジタルカメラを手にして出かけて行って撮ったものだ。

なぜかというと、いつもの見慣れている場所だが、役場の建物が消え去って初めての雪の日、ということで定点観測的な位置から撮影するために寒さに負けずに出かけて行った。

2017年02月11日撮影-1

2017年02月11日撮影-2
 ドーム型屋根の見えなくなった風景はちょっと寂しい。
踏切警報機や標識が真っ白になっている。


2017年02月11日撮影-3
こちらは「防長バス」が通りかかったのでついシャッターを押した。
この時、車に戻ってホッとした時に頭をよぎった歌がある。

♪「北風吹きぬく 寒い朝も 心ひとつで・・・・・」ぴゅ~うぅ

歌詞が違っていても許して! 寒~~~い!


2017年2月21日火曜日

向山の砂防堤

以前紹介した「向山塾」のさらに奥の小さな谷に砂防ダムが作られている。平成16年度の山口県の治山事業として完成したものだが、その現状を見に行ってきた。

2017年02月13日撮影-1
 向山塾跡を通り過ぎて



2017年02月13日撮影-2
 こんな竹林を抜けると



2017年02月13日撮影-3
砂防ダムの堤防が現れる。 



2017年02月13日撮影-4

2017年02月13日撮影-5
写真からわかるように、土砂や土石の堆積は無いが雑木の生育で見栄えは良くないがこのような建造物は、その存在自体が安心感を生むものである。

先ほど述べた「治山事業」の一環に「生活環境保全林」がある。
近場で紹介すると「いこいの森三隅」や「青海島森林公園」などがある。人が手を加えることによって里山は健全な姿になると思っているので今後は守っていかなければならない。


2017年02月13日撮影-6

2017年2月19日日曜日

土手の家並み

以前から、土手地区(旧三隅町役場のあった辺り)の県道沿いの家並みが道路に対して斜に建っていることが気になっていた。


土手地区の略図
 上の略図の薄い黄色のエリアの建物のことだ。
そのほとんどの建物が県道に対して斜めに建築されている。

下の写真を見てわかるように萩方面に向かって左側の建物は、ほとんどが斜になっている。
2017年02月19日撮影
 山口銀行三隅支店や、いりえ写真館(時計店)さん等、斜に建っている。
2017年02月02日撮影-1

2017年02月02日撮影-2
景観も良いし、車も入りやすい?し、なにしろ格好が良いのだ。

と思いきや、能々考えてみると、この道(旧国道191号線)は町並みが出来たずーと後にひかれたもので、元々の道は中通り、つまり解体中の旧三隅町役場の前の道だったはずだ。
そちらの道に沿って家並みが揃っていたのではないか?ということに気が付いた。
つまり宅地の様相が、三隅川の土手沿いの町並みだった、ということではないか、と思う。
勝手な想像だが強ち間違ってはいないような・・・。

手元に古地図が無いのがとっても不便だ。

2017年2月18日土曜日

野波瀬から見る通

青海島の東の先端に通(かよい)という町がある。古くから三隅とつながりがあるらしく、地形的にみると、野波瀬から見て仙崎湾を介して目の前に位置する。陸上から行くと、とっても遠い町だ。


2016年12月02日撮影-1
遠く山の中腹に見える建物が「通小学校」だと思う。一般的な地図で見るとなぜ見えるのか疑問があるが、ほかに該当する建物が思いつかない。

2016年12月02日撮影-2



下の写真は2012年に撮影した通漁港からみた通小学校だが、位置的には建屋の向こう側が野波瀬になると思う。
2012年02月20日撮影-1

2012年02月20日撮影-2
漁港傍にある「くじら資料館」を撮影。

2017年2月17日金曜日

岳山と鉄割山を下から眺める

二条窪集落の西に位置する岳山(岳ノ山?)があり、晴れた日は下から眺めるたびに「頂上から三隅の風景を撮影したい」といつも思う。
まだ一度も登ったことがないが、たぶん旧三隅町の半分は見下ろせると思っている。

2017年02月16日撮影-1

2017年02月16日撮影-2
空気の澄んだ冬場に登りたいのだが、最近有害獣の出没をよく耳にするので一人で山に登るのは危険と判断し、地味に仲間を探しているのだがなかなかこんな恍けた企画にのってくる輩はいない。

私はこの近辺の山は、登山(山歩き?)装備をして登ったのは桂木山と花尾山しかない。

特に登山が趣味ではないが、中学生から高校生の頃に九州の山を登る機会があり、少しだけ山歩きに凝ったことがある。特に英彦山を登った時に忘れられない思い出が2つ出来た。
一つは途中の渓流添いの登山道で、一定の距離をおいて後をついてくるキテン(黄テン?)に出会ったこと。信じられない光景だった。
もう一つは英彦山神社の近くで食べた「山葵うどん」の美味しさにびっくりしたこと。田舎育ちの食わず嫌いな高校生が初めて食べたワサビの味は絶品だった。

2017年2月16日木曜日

水力発電所の跡

二条窪川の中流域に、大正時代にあった「水力発電所」の跡がある。

説明看板によると、精米のために作られたこの発電所の発電機がドイツ製のもので、大正8年に名古屋から購入した、とある。どの程度の規模のものかわからないが、大正時代にドイツ製の機械を名古屋から仕入れるということを思い立ち、実行した先人が居たことがすごい。輸送能力のない時代に、分解して運んで現地で組み立てたのか、すごいことをやっている。

2007年10月15日撮影-1

2007年10月15日撮影-2

2007年10月15日撮影-3
もう一つ興味があることは、大正元年に発足した「仙崎電灯会社」という会社があったことと、三隅まで送電が普及した時点で発電所が廃止となったこと。

「仙崎電灯会社」が何処に在ったかが知りたいことと、仙崎から三隅までの送電ルートが知りたい。

古地図と照らし合わせて散策するととっても楽しいような気がする。


2017年2月15日水曜日

有線テレビみすみ

前回少し触れた「有線テレビみすみ」のことだが、平成9年5月29日に運用開始されている。およそ20年前のことである。

農業者トレーニングセンター(三隅公民館)裏にひっそりと建っている。なぜ「ひっそり」と表現したかというと旧三隅町の住民の方以外はその場所も存在自体もほとんど知らないからである。

今はそのまま「長門市ケーブルテレビ」に移行されて三隅地区のテレビ視聴やインターネット利用に運用されている。

下の写真は平成19年の春に撮影したもの。
2007年04月14日撮影

チャンネル表-おもて

チャンネル表-うら
今、あらためてみて感慨深いものがある。
一つは、福岡の民放がFBS福岡放送以外がすべて普通に見れていたこと。有線テレビみすみが出来てから、三隅町ではフジテレビ系列(TNC)やテレビ東京(旧・東京12チャンネル)系列(TVQ)を視聴できたので俗にいう東京キー局がすべて見れたということだ。

二つ目は「NHK教育」、「NHK衛星第1」や「NHK衛星第2」という局名だ。
今はそれぞれ「Eテレ」、「BS1」や「BSプレミアム」という名前に変わっている。
いつのまにか当たり前に使っている言葉や名前が少し前の時代は全く違う言葉であったことがテレビを通しても発見できる。

アナログ放送からデジタル放送に変わってきたら世の中のいろいろなことが変化してきた。

私が子供の頃、民放は「KRY山口放送」の1局だけで、のちに「TYSテレビ山口」が出来た時に時代が変わってきた、と思ったことがあった。自分的にはラジオ局の「FM山口」が放送開始した時が一番うれしかった。

それと当時、住んでいる地域により、映るテレビ番組(局)が違うこともびっくりだった。野波瀬の一部では「BSS山陰放送」が見れていたりした。

それとケーブルテレビが出来てから、町の風景ががらりと変わった。
気づかない人も多いようだが、家の屋根からテレビアンテナが消えたのだ。此処で云うアンテナとは「八木アンテナ」のことで、台風とか嵐が来たあと、各家の父ちゃんが屋根の上に上がってアンテナの向きを修正して、テレビのある部屋と大声で、「映るか?まだ回すか?」とやり取りをしていた。今思うと面白いことが多かった。

これらのメディアの話は長くなるので近いうちにまた続きをアップすることにする。


2017年2月13日月曜日

小島漁港の魚市場

小島漁港にスレート屋根の小さな市場があり、誰でもいきなり参加できる魚市場が毎週か隔週?の土曜日に開催されていた。

三隅町だったころに「有線テレビみすみ(YTM)」というケーブルテレビ局があり、その中の地元のニュースでよく紹介されていて結構にぎわっていた。遠くは小野田や宇部からもお客さんが来られていた。

下の写真でわかるように、目の前で水揚げされた新鮮な魚が即購入できた。

2016年12月18日撮影-1
昔、野波瀬浦漁港でも「〇〇網が魚を揚げます!」という放送があるとぞろぞろと各家からお母さんたちが笊やカゴを持って魚の買い出しや配給に市場に集まっていた、という風景に近い。
大漁に獲れた時はまず先に地元の方に配って、残りを出荷していたこともあったようだ。

2016年12月18日撮影-2
 市場のすぐ先にある小島のシンボル的な商店。看板を消された跡が残っている。


下の写真は約14年前の小島漁港の様子。
2003年01月25日撮影

2017年2月12日日曜日

雪の日の津雲集落

生島(いかしま)を超えて飯井(いい)に向かう途中に津雲(つくも)集落がある。

先日、雪の日に行ってみたが、ほとんど積もっておらず期待外れだったが、道路以外の風景は昔ながらのものであった。

2017年02月10日撮影-1

2017年02月10日撮影-2
山のふもとにかすかに見える黒い線は、JR山陰本線で、通過時にちらりと見える 列車の風景を撮りたかったが、寒さに負けて待たずに引き返した。


2017年02月10日撮影-3
もう少し暖かくなってもう一度来ることにした。


2017年2月11日土曜日

サンマートが出来る頃

2008年の春に撮影した写真の中に、建設途中のサンマートが写っていた。この様子からすると同年の5月か6月頃にオープンしたのかもしれない。マルキューグループの勢いはすごい。
ショッピングセンターの「エースみすみ」が消え去って、スーパーマーケットの「サンマート」が現れた。

地元カラーの強い複合商業施設も良かったが、食品産業だけが残った感じがした。しかし現在の状況を見ると、大変賑わっているように思う。

2008年04月03日撮影-1

2008年04月03日撮影-2
サンマート手前の交差点に足場が組んであるが、何を作っていたのか記憶にない。看板があった覚えもないし、何だろう?



下の写真は2年前のものだが、ほぼ現状と等しい。
2015年05月05日撮影
最近のスーパーマーケットはレジの無人化が少しづつ浸透してきて、いまいち私は馴染めない。2年前に東京都内でスーパーマーケットに入ったときに、始めて体験してかなり戸惑ってしまった。プリペイドカードは持っていたものの自分でバーコードをかざすことにとても抵抗があった。「ピッ」と音がしないのでウロウロして周りを見ると目に入ってきたのは監視カメラと順番待ちのお客さんの目線。
サンマートは現状を保ってほしい。

2017年2月10日金曜日

沢江川河口の風景

三隅地区の単独水系にまだ紹介していない「沢江川」がある。

この川の河口に昔ながらの沢江の情緒が見られる場所がある。

下の写真は約12年前に撮影したものだが、川の濁りはあるが、青空の様子。海上には「もや」がかかっていると思われる。正面の青海島がまったく写っていない。

2005年06月13日撮影-1

2005年06月13日撮影-2


下の写真はつい先日通り掛かりに撮影したもの。こちらは薄っすらと青海島が見える。
2017年02月08日撮影
満ち潮のときにどこまで水位が上がるか、左側の石垣を見るとよくわかる。

正面の県道(旧、国道191号線)に架かった橋は「澤江橋」と書かれている。

「帰ル堤」のこと

 長門市東深川の旧街道(赤間関街道)沿いに「帰ル堤(かえるづつみ)」という溜め池がある。 現在の長門総合病院前の道筋を西に進み、緑ヶ丘にて国道191号線に沿うように街道を進むと直ぐに左手にため池が現れる。このため池はいつの頃からか「帰ル堤」と呼ばれ、そこに大きなエノキがあったらし...