2017年4月30日日曜日

市の町並み

三隅八幡宮に写真を撮りに行った帰りに、市の町をゆっくりと歩いてみた。

昔は北市尻、下市、中市と細かく地名が分かれていたようだが、昔ながらの風格のある家が残っていることに気づく。

「市」と名がつくからにはお宮(八幡さま)の下に市場が集まってこの名がついたとしか思えないが、過去にここに山陰線の「駅」を置く、という計画(案?)があったことを何かの資料で読んだことがある。

結局「豊かな野原」であった豊原に駅が出来たわけだが、もしここに駅が出来ていたら三隅の歴史も変わっていたことだろう。



2017年04月27日撮影-1

2017年04月27日撮影-2

2017年04月27日撮影-3

2017年04月27日撮影-4

2017年04月27日撮影-5
市中橋(今のローソンから北に入る飯井、津雲、生島に向かう道すじの三隅川に架かった橋)が拡幅されて八幡さまの周りの市の町並みも少し変わってきたが上の写真の辺りは昭和の時代からほとんど変わっていない。

明倫小学校から歩いて八幡さまのお祭り(春と秋の例大祭)に行っていたことを思い出した。



2017年4月28日金曜日

若葉の頃

♪ When I was small, and Christmas trees were tall,
♪ we used to love while others used to play.
The Bee Gees – First of May より

「私が小さかった頃、クリスマスツリーは高かったんだ、
他のみんなが遊んでいた頃、私たちは好きあっていたんだ。」
・・・・・
「今、私たちの背が伸びて、クリスマスツリーは小さくなった、
そして、あなたはいつからか話しかけなくなって・・・」

初めてこの曲(若葉の頃)を聴いたのは確か私が中学1年か2年の頃で、歌詞の意味もわからずメロディーを口ずさんでいた。

三隅中学校や三隅公民館の周りのイチョウの木などが若葉となって本当にきれいな景色の頃にシングル盤レコードを買ってきてステレオで聴いた時に・・・
あれ? なんか違うぞ!
実際に購入したEP盤のジャケット
そうなんです。私が買ったレコードはビージーズではなく、スクリーン・ランド・オーケストラというメロディーだけのサントラ盤のようなもので、がっかりした想い出もある曲なのです。つまりジャケットにだまされた?買い物だったわけです。
ワダ・ミューズ堂で買ってきた。
しかしこの映画に出ていたトレーシー・ハイドは可愛かった。

ここで今年の若葉の頃の風景をアップ。
2017年04月27日撮影-1
 この位置からこの風景をこれまでに何度撮影しただろうか、大好きな風景。



2017年04月27日撮影-2
若葉の久原山



2017年04月27日撮影-3
旧公民館前のイチョウの木(左) 



2017年04月27日撮影-4
旧公民館前のイチョウの木(右)

気分は三隅中学校の校庭から「若葉」の風景を撮影したかったが、今の時代、勝手に校庭や校舎に侵入すると捕まってしまいそうでやめました。


2017年4月27日木曜日

昭和の長門三隅駅のこと

昨年、長門三隅駅の想いでのことを少し書いたが、思い入れが深い場所なのでもう一度書いてみる。

過去の写真を探してみたが駅舎の写真が見当たらないので、以前アップした下手なイラストや、2つ隣の三見駅を参考にして書いてみる。

長門三隅駅の正面のイメージ

駅構内の平面イメージ図

昭和48年頃の構内東部
このボケた写真でわかるように、3番線に分岐したポイントがある。
今の跨線橋(線路の上をまたがった橋の通路)はまだない頃で、線路を横断する通路で2,3番線に渡っていた。鉄板をめくって現れる線路に降りる階段とマクラギで出来た通路が今は跡形もない。



ここから下は2011年の三見駅の様子。
2011年06月29日撮影-1
 長門三隅駅は、三見駅と同様に旧米子鉄道管理局(今のJR西日本米子支社)の管理駅だったため、駅舎の造りがとても良く似ている。
ちなみに今は両駅共にJR西日本広島支社の管轄

丸型の郵便ポストがとっても似合う。

長門三隅駅も入ってすぐ左がこんな感じだった。

2011年06月29日撮影-2
 この切符を買う時に口を近づけたガラス窓の丸い穴がなんとも懐かしい。



2011年06月29日撮影-3
改札口の駅員さんの立位置のパイプ枠が残っていた。その向こうにあるベンチも懐かしい。
軒の造りも今では見られない。
この駅舎は重要文化財だと思う。

以前にも少し触れたが、1970年代にディスカバー・ジャパンという国鉄のキャッチフレーズがあり、ローカル線の旅が若者に人気を博し代表的なものが北海道の「愛国駅から幸福駅ゆき」の切符だ。

確か高校生の頃に友人が現地で買ってきてその切符をくれたのだが何処に仕舞い込んでいるかわからず未だに捜索中。
「硬券」という種類の切符だが、今のペラペラの切符と違って少し厚くて固い。

長くなりそうなので切符のことは次回に持ち越し・・・です。

2017年4月26日水曜日

コカ・コーラ ウェストのこと

浅田から沢江に向う途中にある「山陽コカ・コーラ ボトリング」と覚えていた会社名が、いつの間にか「コカ・コーラ ウェスト」と名前が変わっていた。10年以上前に変わっていたのだろうと思うが、製造して販売しているのか、流通の中継を担って販売しているだけなのかわからないが、もしここでコカ・コーラを作っていたらすごいと思っていた。

社屋のすぐ南側に山陰本線が通っていて列車の車窓から「Coca Cola」が見えるのは、けっこう気分がいい。

2013年06月23日撮影-1

2013年06月23日撮影-2

2013年06月23日撮影-3
コカ・コーラ(Coca Cola)と言えばトレードマークがカッコいいが、それよりも時代とともに変わってきたCMの歴史がとっても好きだ。

自分の中での1番は、70年代後半のトランザムが歌っていたバージョンで「Come on in Coke」(カモニンコークと聞こえる)のCMだ。
先日の野波瀬の「オカザキ」の店頭ガラスのシールの時代で、たぶんそのシールのモデルは「トレーシー・ピーターズ」さんだと思う。
CM最後の押坂忍さん(アナウンサー)のような声で「スカッとさわやか コカ・コーラ!」のナレーションがとても耳に残っている。

2番目が80年代後半のシリーズで「I feel Coke!」(アイフィールコーク)のCM。このシリーズは、その当時の日本の様々な風景や景色を盛り込んであり、とてもいい時代だった、と感じさせてくれる。

I Love Coke !!

2017年4月25日火曜日

しまやのたこやき

夕方になると聞こえてくる「ほんわか ふんわか ほんわか ほい!」

ここのところしばらく聞いていないが、移動販売の「しまやたこやき」がたべたーーい。

豊原や野波瀬、長門病院の前、三見の駅前などいろいろな場所で見たことがある。下の写真は向山バス停で見た時の写真。

2011年04月10日撮影-1

2011年04月10日撮影-2

お父さんとお母さんのお二人はお元気だろうか?宇部の方から来られていたと聞いたことがあるが本当のところはわからない。

袋に表示された住所に行けば、お元気かどうかがわかるかもしれない。

タコ焼きを入れてくれた袋
この袋のデザインがたまらなく良い。昭和のローカルな駄菓子の味わいがある。

袋に印刷されている歌詞が耳について、どこかで聴いたことがあると思ったら、北九州か福岡で聴いた覚えがある。

「防長生まれの・・・」を「九州生まれの・・・」と

「たこ焼き たこちゃん」を「たこ焼き 八ちゃん」と唄えば

八ちゃん堂?のたこ焼きになる。

とにかく美味しいのでもう一度食べたい。




2017年4月24日月曜日

オカザキの入り口のシール

野波瀬の洋品・雑貨「オカザキ」(かなり前に閉店されている)の入り口の引き戸のガラスに昭和の時代から貼られていたCMのシールがあった。(残念だが過去形。)



2005年05月08日撮影

2012年08月12日撮影-1
 下の写真はシール部を拡大して撮影したもの。
2012年08月12日撮影-2
ボンカレーの進化した「ボンカレー・ゴールド」の初代CMキャラクターを担われた王貞治さんのCM用のシール。
(ちなみに「ボンカレー」は昭和43年から女優の松山容子さんです。)

すぐ下にはほとんど剥がれているが大塚製薬の「オロナミンCドリンク」、その下には「Coca Cola」の70年代初期のものと思われるシールが残っていた。

まずは「ボンカレー・ゴールド」だが、昭和53年の発売で、その年には私は東京で一人暮らしにて結構お世話になった。昭和53年というとキャンディーズが解散をした年で、成田空港の開港や池袋のサンシャイン60の完成オープンなど(まだまだたくさんの思い出がある)自分としては記憶に残ることが多い年だった。

その時から35年間このシールが貼られていてこの状態であることが品質の良さを証明している。

近いうちにその下の「Come on in Coke」のシールのことを書いてみようと思っている。


2017年4月23日日曜日

湯免の入り口

国道191号線から湯免に曲がる入り口の三隅川沿いに、この時期にきれいなツツジが咲いている。

私は以前にも書いたが植物に疎くて「ツツジ」と「サツキ」の違いを知らない。(調べようともしない・・・のだ!)4月に咲くのを「ツツジ」、その名のとおり5月に咲くのが「サツキ」と思っている。特に支障がないので詳しい方々にお許しをいただくことにして、本日撮影した画像をアップしてみる。

2017年04月23日撮影-1

2017年04月23日撮影-2

2017年04月23日撮影-3

2017年04月23日撮影-4

花をズームで撮ろうとしたらミツバチがたくさんいることに気づいた。
「二ホンミツバチ」だと思うが仕草をみると結構面白い。

何年か前に東京の銀座のビルの屋上でミツバチの飼育をして、そこでハチミツを販売しているところをテレビで紹介していたことを思い出した。


2017年4月21日金曜日

三隅町役場のある風景その5

まずは少し古い20年前の三隅町役場の写真。これはSONYのMAVICAで撮影したフロッピーディスクに入っていた画像で、今のデジタルカメラの画像と比べるととっても粗い。
それにしてもSONYの技術はすごいと思った。

1997年11月03日撮影-1

1997年11月03日撮影-2



下の写真は11年前の春
2006年04月09日撮影
 明倫小学校グラウンド越しの風景。




2012年07月15日撮影
 久原橋の橋上から撮影

2012年06月12日撮影-1




2012年06月12日撮影-2
 琴影橋の橋上から撮影

2012年06月12日撮影-3
久原橋と琴影橋は三隅町役場を挟んで三隅川の下と上に位置するとっても古い橋だ。
三隅川に架かる橋の紹介でもアップしたが、久原橋は昭和31年3月、琴影橋は昭和30年6月の完成だ。(初めて架かったのは大正6年2月らしい)途中で修繕・改修工事等が施行されたであろうが60歳を超していることになる。還暦の祝いをしてあげないと・・・


2017年4月20日木曜日

山口福祉専門学校の桜

湯免にある山口福祉専門学校の校舎の前の桜が、毎年のようにきれいに咲いてくれます。

7年前(2010年)に撮影した1月と4月の写真が残っていたので比較も含めてここに残しておく。

まずは1月の中旬の様子を3枚。
2010年01月18日撮影-1

2010年01月18日撮影-2

2010年01月18日撮影-3



下の2枚は4月3日の満開の日。
2010年04月03日撮影-1

2010年04月03日撮影-2
山口福祉専門学校は確か、1991年に県内初の福祉専門学校として開校したが学生数の減少による経営難で2009年3月(2008年度)で閉校した。

つまりこの写真は閉校された1年後の無人の状態のときの写真である。それを思うと、満開の桜が逆に寂しさを増長してくる。

いつかこの専門学校のことをしっかりと書き留めておこうと思っている。


2017年4月19日水曜日

いりえ、のこと

土手にある「いりえ」さんは写真館で時計店で宝石店だ。
私は勝手に「いりえ」さん宅には「三隅の昭和史」が残っている、と思っている。少なくとも昭和30年代以降の歴史が画像で残っていると思っている。過去に撮られてきた写真は重要文化財です。・・・勝手な思いを述べてみました。

約10年前の写真と7年前の写真を比べてみた。
2007年09月20日撮影
10年前の写真にはお店の正面の駐車場が写っており、確か長門市役所三隅支所の職員用の駐車場になっていたと記憶している。右に公用車の車庫が少し写っている。(今は民家ができている。)



2010年10月17日撮影
 上の写真は「みすみふるさとまつり2010」の日のお店の様子。江戸写真館の垂れ幕と立て看板がかっこいい。


下の写真は今年(2017年)の2月に撮影したもの。
2017年02月02日撮影-1

2017年02月02日撮影-2
今の看板はちょっとお洒落でかっこいい。


「フジカラー」の昔のロゴや「コニカカラー」の百年プリントの看板が街の中にあるとちょっと嬉しくなる。今ではほとんど見なくなった。

以前にも書き込んだが、私はお店の看板や張り紙などが大好きで、できるだけ写真に収めておきたいと思っている。その年や時代の背景が残るからだ。

最近使い捨てカメラの「写ルンです」が再ブームで、若い世代に人気があるようだ。
カメラが「使い捨て」ではなく、写真が「使い(写し)捨て」のようになってきている。

たくさん撮ってその時代を残してほしい。

2017年4月18日火曜日

まんどや、のこと

三隅の上中小野(かみ・なかおの)に「まんどや」という軽食喫茶がある。
ここは以前は「Rshopしのはら」というコンビニエンス・ストアのような店で上地区の方にとっては国道191号線沿いのとっても便利な場所にある。
昨年(2016年)の初め頃に「まんどや」の看板に初めて気が付いたように記憶している。たしか「TOBACCO」という看板があった場所だと思う。「TABACO」や「TABACCO」ではなく「TOBACCO」という本来の言葉で書かれていたことが印象的だった。
昔はたばこの葉も売っておられたのかもしれない。

紙巻、葉巻、パイプ、煙管(キセル)と色々な言葉が使われなくなってきている。・・・余談!

2016年03月31日撮影
 「まんどや」の看板の位置がたばこの販売窓口だったところ。

客:「ハイライト!1箱」
店番のおばさん:ガラガラーとガラス戸があいて「70円!」

このようなやり取りが懐かしい。

2017年04月07日撮影-1

2017年04月07日撮影-2
このテーブルの奥に、図書館並みの貴重な蔵書が並んでおり、さりげなく置いてあることにびっくりした。

アンバランスなバランス、という言葉が浮かんだ。


御菓子司「志乃原」という名義で「湯免もなか」も復活製造されている。


湯免もなかの包み紙
以前にも紹介したが、「湯免もなか」のラッピング紙のデザインがとっても好きで、背景の山が権現山であってほしいのだが違うかもしれない。



店内の説明書き板
「まんどや」の由来が店内に書かれていた。(描かれていた、と表現したいほど味のある掲示板)

これを読んで思ったことがある。・・・
私が懇意にさせていただいている80歳代の方で、「みぞそうじ(溝掃除)」を「みどそうじ」と発音される方がいる。この方はとても博識な方で勉強熱心な方でもある。「ぞ」の発音が「ど」になるのかと思ったが、「ぞうり(草履)」は「ど」に近いが「ぞーり」と発音される。

俚諺(りげん)とはまた違う歴史がありそうだ。
私はこのような言葉が大好きだ。

「まんぞうや」がなまって「まんどうや」となり、いつのまにか「まんどや」に縮まった。とっても愛着のある門名だと思う。

私の中では「言いたくなる言葉」のトップテンに入る。



江の川辺りの風景(その2)

前回に続き江の川に沿って遡ってみる。 本流は右か左か、ここは山陰本線仙崎支線の田中下踏切の傍。 右に行けば県道56号仙崎港線を潜り長門郵便局の裏を抜けて長門市駅北口方面へ、左に行けば長門市駅南口を駅構内の線路に沿って流れ、そして長崎ちゃんめんの方へ南下する。 とりあえず左へと向か...