おもちゃ屋さん

 平成の時代にもあったが「おもちゃ屋」と聞くとどうしても昭和の時代を思い出す。

今の令和の時代、子供たちは欲しいおもちゃをどのようにして手に入れるのだろうか?それとも欲しいおもちゃなんて無いのだろうか?

ここ長門市においてはスーパーマーケットやドラッグストアの片隅に言い訳程度に置かれたおもちゃコーナーしか思いつかないが、例えば「野球盤」や「黒ひげ危機一髪」などが欲しいと思うと何処に買いに行くのだろうか?と考えてしまう。ひょっとしてこんなものが欲しいのは大人だけかもしれないが。

2012年08月23日撮影

2010年03月10日撮影
上の写真は両方とも一昨年末に閉店した「ウェーブ」の中にあったおもちゃ屋さんと駄菓子屋さんだがウェーブが閉店する頃には既に無くなっていた。

ネットショッピングが発達した現代は簡単に欲しいものが手に入るが、足を運んで手に入れたものは想い出が付いてくる。ただ、ネットでしか手に入らない物があるため否定はしない。

こんな書き込みをしたのは、実は最近のおもちゃの「風格の無さ」というか「ちゃちな造り」や「重量感の無さ」から安っぽい感じがしてならないという思いからで、おもちゃに限らず製造者の思いが伝わってこないものが増えてきたと以前(昭和の時代)より感じていたからだ。

特に国外生産のものはそう感じることが多く、安いものにも職人気質を感じられる製品が今は無くなってきている。頑固職人が居なくなった、と言うより居ては生きていけない時代になってきたのかもしれない。


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