野波瀬の疫神様

野波瀬に「疫神社」と「大歳神社」の2つの神社がある。

その一つの疫神社(「やくじんさま」と言っていた)のことを書いてみる。

2007年04月08日撮影-1

2007年04月08日撮影-2

2007年04月08日撮影-3
 疫神様の説明は下の写真の通りだが、・・・
2007年04月08日撮影-4
みかん相撲のことをもう少し付け加えると、2つ上の写真の土俵で小さい子供(主に保育園児と小学生)に相撲をとらせて、勝った子にみかんを3個、負けた子にみかんを2個、配っていた。50年以上前の記憶だ。

相撲をとることを嫌がっていた子供を無理やり出させていた大人たちがたくさんいた記憶がある。まったく奉納ではないような気がする。
今でもやっているのかな?


下の2枚の写真は、2015年の元日に撮影したもの。
2015年01月01日撮影-1
写真ではよくわからないが、ひんやりとした空気が漂っていて神々しい感じがしたのを覚えている。


2015年01月01日撮影-2
もう一つ厄神様のことで忘れられない思い出がある。

社の周りに大きな椎の木(シイの木)があり、毎年疫神様で椎の実を拾ってばぁちゃんに煎ってもらっていた。小さな飯盒に柄のついたような鍋(フライパン?)で椎の実を煎るときの匂いが結構好きだった。

小学生の時にじいちゃんに北九州の宮地嶽神社に連れて行ってもらったときに、参道で椎の実を売っていたことに驚いた記憶がある。帰りの汽車の中でゆでたまごと椎の実をいっぱい食べた。



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