三隅町の保育園と幼稚園

かつて三隅町だった頃、三隅町内には4つの園児施設があった。

下の広報の切り抜きは昭和55年(1980年)4月1日よりスタートした中央保育所(元、三隅町公民館の建屋)に絡む記事だ。

昭和55年 広報より
この広報の記載を見て気になることが何点かあったので書き残しておこう。

まず、定員数の多さにびっくり。そして定員数は何を基準にされていたのだろう?ということだが保育士の人数によるものか、又は園児1人当たりの床面積か、など。

次に気になったことは「飯井」地区がなぜ豊原保育所の区域になるのか?という疑問。位置的には中央保育所のほうが近いのだが、ひょっとして飯井駅から長門三隅駅(豊原)まで列車で園児を通わせていたのか?毎朝、「付き添い」か「お出迎え」の先生がいたのか?そして付き添いなしに列車通園をしていた園児が居たとしたらすごいことだ!

さらに気になったことは表記のない部落名はこの当時?は「部落」としては隣の部落に含まれていたのか?という疑問。例えば落志畑や大里は滝坂部落に含まれるのか?とか。公報であるがゆえに気になってしまう。

令和となった今、残っているのは「宗頭幼稚園」のみである。他の3園は平成17年に統廃合されて現在の「三隅保育園(すくすくランドみすみ)」となっている。

[参考]
●三隅町保育所(通称、野波瀬保育所):昭和26年(1951年)開設。昭和32年4月より「三隅町立野波瀬保育所」と名称変更。昭和59年に室生側の高台に新築移転したが平成17年(2005年)3月に閉園した。

●豊原保育所 :昭和31年(1956年)開設。現在は建屋が撤去されてゲートボール場?となっている。

●中央保育所 :昭和55年(1980年)に農業者トレーニングセンターの新築を機に旧公民館建屋をそのまま利用して開設。現在はトレセンの駐車場となっている。

●宗頭幼稚園 :昭和34年(1959年)に旧宗頭小学校内に設置。現在へと続いている。

三隅町立野波瀬保育所の頃

三隅町保育所の頃か?


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