その名のとおり、昔(1400年~1500年の頃か?)はお城があったようだが城主がはっきりしていないようだ。
山の形から「亀山」とも呼ばれたらしく、太古の時代はこの山麓まで深川湾が入りこんでいたと記録にあるらしい。
江戸後期の記録「風土注進案」には「山上に櫓(やぐら)、升形(ますがた)、殻堀(からぼり)等の跡あり。大内家御時代、弘盛公の居城なるよし、申し伝え候」と記述があるらしいが確証はないとのこと。
山陰本線と城山
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| 2014年08月25日撮影 |
雪景色と城山
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| 2004年01月22日撮影 |
長門鉄道部運転支所の裏手に見える城山
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| 2012年07月19日撮影 |
今は無き転車台の奥に控える城山
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| 2015年12月26日撮影 |
ところで・・・
山陰本線と美祢線の両方が跨るこの踏切の名前は「城山踏切」という。
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| 2014年05月29日撮影 |
(昭和の時代、深夜に通過する急行列車などもあったから本当に大変だったと思う。)
この城山と市役所の建物、さらに旧デパートまるみの茶色いビルが旧長門市街の象徴的な風景を担っていた。





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