2017年10月29日日曜日

吉村歯科医院の風景

昨年だったと思うが吉村歯科医院さんの場所が県道沿いに変わった。

今回は歯科医院の建屋の風景を書いてみる。


2007年05月17日撮影-1

2007年05月17日撮影-2
建屋正面が東向きに建っているため、安いカメラでは午後の方が撮影しやすい。10年前のこの写真はたぶんお昼ごろに撮影したものだと思う。

久原山を背景にしたつもりがいまいちうまく撮れていない。


長門三隅駅のすぐそばに位置する、というより夏柑の撰果倉庫のすぐ横というイメージが強い。(どちらが早くからあったのか記憶がない。)
2014年06月29日撮影-1

2014年06月29日撮影-2


長門三隅駅でSLの貨物列車(D51だった)が今の材料線(保材線)に罐の付け替えをしていた、というかすかな記憶があるがその頃にこの歯医者さんがあったかどうか、またはここに何があったのか記憶がないのだ。

山陰本線からSLが姿を消したすぐのちにこの夏柑撰果倉庫が出来た。たしか昭和52年の頃だ。自分はこの頃は三隅に居なかったため記憶がはっきりしない。何事もブランク期間があると記憶中枢が退化する。たまにフラッシュバック(トラウマでなく良い意味で)して思い出すこともあるが・・・。


いつか新しい吉村歯科医院がきれいに撮れたらアップします。


2017年10月28日土曜日

琴影橋の風景

今から5年前と2年前の琴影橋の風景を比較してみる。

まずは5年前の2012年の頃の風景。(貴重な写真かもしれない。)

2012年06月12日撮影-1

2012年06月12日撮影-2

2012年06月12日撮影-3
 三隅町役場の建屋が当たり前のように風景に馴染んでいる。
琴影橋の欄干が古い時のもので、今の久原橋と同じタイプのもの。
天候は薄曇りだが景色としてはとってもいいと思う。



ここから下は欄干の取替工事が施行された後のもので2015年の頃。

2015年09月22日撮影-1

2015年09月22日撮影-2

2015年09月22日撮影-3

欄干の新しさが目に付くがこれも良い感じの風景だと思っている。

欄干の影から推測するとお昼前に撮影したものと思う。

今の「市中橋」が拡幅されるまで市や生島、津雲、飯井へはこの琴影橋を渡って行っていたとても大事な橋だったが今も交通量が割と多いのに驚く。
その原因は幅員の広い市中橋を通って国道や県道に出ようとすると、理不尽な交差点の待ち時間の長い信号機が待ち受けているからだと思う。

車同士の離合が出来ない琴影橋は譲り合いの心を持って渡ります。


2017年10月27日金曜日

公民館と三隅支所をつなぐ道

平成27年度の長門市の予算で「三隅支所・公民館連絡道路新設工事」が施工され、県道を周らず信号待ち無しで自動車で行き来ができるようになった。
工事が始まった頃の写真を撮っていたので残しておくことにした。

2015年08月16日撮影-1

2015年08月16日撮影-2

2015年08月16日撮影-3

2015年08月16日撮影-4

三隅中学校のテニスコートに喰い込んでの工事だったようだ。
工事前は既存の農道を拡幅するのかと思っていたが違ったようだ。

一部だが現状と比較してみる。

2017年10月26日撮影-1

2017年10月26日撮影-2

2017年10月26日撮影-3
ここまでは見通しが良いが公民館横を通過するときには細心の注意を払わなくてはならない。

久原山を背景にした農業者トレーニングセンターの写真も絵になると思いつつ撮影。

晴れた日の三隅の中心部(土手・久原・広田)の風景は本当に絵になるシーンが多いと思う。


2017年10月26日木曜日

三隅川の水位観測地点

久原橋のたもとに三隅川の水位観測地点がある。

2015年08月16日撮影

看板に表示されている「現在の水位情報をインターネットで公開しています」という箇所に注目してみた。

このURL(インターネット上のアドレス)をパソコンで入力してみると出てきたものは「山口県土木防災情報システム」というページだった。

このページは水位情報だけでなく、「台風情報」、「雨量」、「ダム」、「潮位」、「洪水」、「土砂」の各災害に関する情報が一気にわかる便利なもので早速「お気に入り」に入れた。(Book Mark)

身近な情報がわかるページは本当に便利だが、いつも思うことがある。

本当に災害等が発生した時は見る余裕はないし、インターネット接続の環境も異常をきたしているのではないか?

というジレンマがある。早めに確認して、災害が発生することを予測するための情報だろうが余計なことを考えてしまう。


本日、たまたま通りかかったので久原橋から看板の裏の下を撮ってみた。
2017年10月26日撮影
水位計?よりも周りの雑草木が気になった。

何処をみてもセイタカアワダチソウに代表される外来種のような雑草や雑木が目に付いてしまう。

自分が小学生又は中学生だったころ、こんなに雑草木は生えていなかったと記憶している。田園風景にも河川の風景にも記憶がない。

地元の言葉で「なんぎじゃのー!」と思う。


2017年10月25日水曜日

1970年前後の海外制作のテレビ番組

1970年(昭和45年)前後の頃に三隅町に住んでいて見れたテレビ番組で特に好きだった外国の番組がある。

パートリッジ・ファミリー」というアメリカの番組(たぶんABC制作)でとってもウィットの利いた仲の良い家族6人とお人好しのマネージャーが中古のスクールバス(ボンネットバス)でツアーしながらバンド活動をするというドラマ番組だ。

時期的に自分自身もギター(エレキ・ギターという)に憧れていた時代で、バンド活動が家族で出来るという当時の日本の片田舎の住民にとってみれば夢のようなお話で、テレビが伝えた海の向こうの生活はとっても素敵だった。

パートリッジ・ファミリー

母親役でコーラス担当のシャーリー・ジョーンズさんは確か元ミス・ピッツバーグでとってもチャーミングな女性で、長男でリードボーカルはデビッド・キャッシディ、長女役でキーボードのスーザン・デイはこれまた可愛い女の子だった。

この一家のマネージメントを引き受けていた「キンケードさん」というマネージャーが憎めないとってもいいキャラクターで番組の面白さをパワーアップしていた。


キンケードさんと一緒

1970年の11月ごろのビルボードのシングルチャート1位を記録した「悲しき初恋」は今聞いてもちょっとせつない名曲だ。

「奥様は魔女」や「名犬ラッシー」等は再放送があったせいか覚えている人が多いが、この「パートリッジ・ファミリー」はなぜか知っている人が少ない。


それともう一つ、テレビにかじりついて見ていたドラマがイギリスの番組「謎の円盤UFO」というフィクションだ。同じイギリスの制作で「サンダー・バード」という超メジャー番組があるがこちらは人形劇だが「謎の円盤UFO」は人が演じていた。
ストレーカー長官、さらには番組に出てくる自動車がとっても未来的でカッコよく、夢見る少年にはたまらない番組だった。


【後書き】
昭和45年より前の三隅町のテレビ事情は、NHK総合、教育テレビと民放はKRY山口放送しか映らない時代だった。

昭和45年4月ごろだったと思うがTYSテレビ山口が放送開始となってどんな番組が見れるのかワクワクした記憶が残っている。
三隅町ではTYSを見るために、テレビの上にUHFチューナーのような機械を取り付けてやっと見れていたような記憶がある。

昭和40年代に入ってカラーテレビが一般家庭に普及したのちは番組自体がバラエティでカラフルになってきて、ウルトラマンがやっと少年雑誌と一緒の色になってテレビに映ってきた。

その後、テレビ自体も応接間に置けるような木目が入った豪華さを売り物にしてきて、三菱電機の「高雄」や三洋電気の「薔薇」、ナショナルの「嵯峨」、東芝の「名門」などブランド名が出てきた時代でもある。パナカラー、キドカラー、ユニカラー、ネオカラーなどのカラーテレビブランドが懐かしい。
その後、SONYがトリニトロンという独自のブラウン管搭載機を出してきた。世界のSONYの始まりだった気がする。

高度成長期は面白いものがたくさんある。

まだまだ書き足りないのでこの続きを後日アップすることにする。

2017年10月24日火曜日

正田牛乳と正田牧場のこと

子どもの頃によく飲んでいた牛乳で「正田牛乳」と「シモラク牛乳」というブランド?があって、今回は「正田牛乳」のこと。

住所としては三隅上・上中小野だが今も操業されているのだろうか?失礼な書き込みだったらごめんなさい。

2015年10月11日撮影

正田牛乳のフタ
フタの「牛」と「乳」の間にある「土」は土曜日の「土」のようだ。
つまり火・水・木・土のように何種類かあるようだ。

正田牛乳の遠景
正田牛乳さんの建屋を遠くから眺めると一番奥に「扇山」がちらりと姿を現す。 地形からして間違いないと思われる。


2017年08月31日撮影
正田牧場牛乳処理場はここだと思うが、肝心の牧場が何処に在るのかわからない。知人に聞いても知らなかったので、宗頭の知人に尋ねてみた。

返答は、・・・

「牧場は無いと思う。」

という返答だった。

これだけ開けた扇状地に位置しているので、今は無くてもどこかに牧場があったのでは?と思いつつ写真を撮ったが、やはりご本人に聞かないと分かりそうになかった。


私は牛乳をけっこう好んで飲む方なので、今でもあるのならどんな味だったか忘れているので飲んでみたい。

今一番好きな牛乳は明治のおいしい牛乳だ。コンビニやスーパーで買える牛乳では一番飲みやすく美味しく感じる。

最近はほとんど見なくなったが玄関先に置かれた「牛乳配達」用の「牛乳瓶入れ」がちょっと懐かしく、たまに木製の古いタイプのものを見つけると嬉しくなる。

シモラクの牛乳瓶入れは時々残っているものを見るが、正田牛乳さんのものはほとんど見れない。(たしか、あったと思う)

2017年10月22日日曜日

三隅川の変貌(中流域編)

先日、小波橋近辺の三隅川の異常を書き残したが、市中橋(いちなかはし)付近の変貌も書き残しておきたい。

この辺りは2003年に「みすみ川河川公園・清流」と名付けられて整備されたが、なんとか見れるのは下の写真(2008年撮影)の次の年まで。


2008年04月15日撮影-1

2008年04月15日撮影-2
 向こうに見える橋が「市中橋」。
2008年04月15日撮影-3

2008年04月15日撮影-4
これらの写真を撮った次の年(2009年7月21~22日)に大きな水害が発生して氾濫こそしなかったが大量の土砂や流木で三隅川の様子が変わってしまった。

下の写真は昨日、市中橋から通りがかりに撮影したもの。

2017年10月21日撮影-1

2017年10月21日撮影-2

実は2,3年前から気になっていた場所で、セイタカアワダチソウや茅などの異常繁殖で様相が変わってしまって「清流」という言葉を使ってはいけない状態になっている。

山口県知事管理の2級河川だがせめて変化の状況を把握してほしい。

たぶん三隅川に限らず観光地以外は県内中がこんな状態なのだろう。


2017年10月21日土曜日

東京ミッドタウンのこと

今回はちょっとだけ遠くのお話し。

東京の六本木(住所としては赤坂)に「東京ミッドタウン」というショッピングセンター、ホテル、公園、美術館などを備えたとても大きな複合施設がある。

実はここは私たちの年代にとっては「防衛庁」があった場所で、一般の者が足を踏み入れてはならない場所だったのだ。ところが2000年に防衛庁がここ(六本木)から市ヶ谷(元々駐屯地があった)に移転して、その跡地に新しい都市計画が始まった。それが現在の東京ミッドタウンなのだが・・・。

2013年02月15日撮影-1
地下鉄都営新宿線-曙橋駅を出た正面の看板

2013年02月15日撮影-2
市ヶ谷に移転した防衛庁はその後「防衛省」となり現在に至っている。
上の写真は4年前に市ヶ谷近くの曙橋駅に行った時のもの。


ここまではよく知られた話だが、防衛庁があったこの場所はその昔(江戸時代)萩藩の毛利家下屋敷だったのだ。明治時代には陸軍駐屯地になり終戦後には米軍将校の宿舎、日本に返還された後は防衛庁の檜町庁舎として実に400年あまりの間一般には閉ざされた土地として使われて来たわけだ。(私もここまでは知らなかったが調べてみてびっくり!)

その毛利家下屋敷にゴジラがいるらしい。

ここから下は親しい知人から先日いただいた写真である。
2014年08月撮影-1

2014年08月撮影-2

2014年08月撮影-3

2014年08月撮影-4

萩藩の下屋敷にゴジラが埋まっているぞ! とは言わない。
東京ミッドタウンにゴジラが埋まっているぞ! と言うのだ。
このゴジラは今は見れないそうだ。違ったゴジラがいるらしい。

首都高速を挟んで反対側(南側?)に六本木ヒルズがあるのだが、そこにも「毛利庭園」と名の付く史跡庭園がある。(テレビ朝日の正面玄関横)
長門長府藩主(長州藩毛利氏の分家)だった毛利綱元の麻布上屋敷の跡地であるらしい。
私はこの時代の歴史は詳しくないので説明は出来ないが、毛利の名が今の東京の地図に残っていることがちょっと嬉しい。(←田舎者のあるある!)

新宿の東宝ビルの屋上にもゴジラがいるのだがそれはいつか紹介します。


2017年10月20日金曜日

三隅川の変貌

小波橋近辺の三隅川の変貌が著しい。

今年の夏の少雨と10月に続いた長雨の影響か、素人目に見ても川の様子が悪い。

2017年10月08日撮影-1

2017年10月08日撮影-2
 上の写真の下部に繁茂した水藻?が写っているが今年は異常に濃くなっている。
水の匂いも今までになく臭い。
2011年から2012年にかけてこのあたりの中流域の土砂の撤去工事があり、とても嬉しかった記憶が今は抜けようとしている。
以前よりも状態がひどくなっているような気がしてならない。

ここから下は本日撮影したもの。

2017年10月20日撮影-1
 葦?や雑木で魚道が潰れている。



2017年10月20日撮影-2
 堆積した土砂でたくさんの洲が出来て雑草が生い茂っている。



2017年10月20日撮影-3
 かつては「東関渕」と云われ、川底が見えないほど深かった場所。
今はこんなに浅くなってしまった。

2017年10月20日撮影-4

2017年10月20日撮影-5
コンクリート片や瓦礫の上に土砂が堆積。さらにはゴミの不法投棄がなされひどい状態になっている。

自分ではどうにもならないため歯痒い。


2017年10月19日木曜日

座れるお店の話

以前にも書き込んだ「お店」のことだが、「〇〇商店」という何でも置いてあるお店が少なくなってきた。

今回はその中でも店先に「長椅子」や「腰掛け」が置いてあるお店を選んでアップロードする。

2007年01月05日撮影

2016年12月18日撮影

2008年05月06日撮影

2017年09月23日撮影

2008年05月06日撮影
入り口上のひさしに「JR長門三隅駅」という看板がある頃。
ここで切符が買えていた。(JRの委託業務)


2014年12月12日撮影

2015年07月18日撮影

すでにやめられているお店もあるが、想い出があるお店ばかりでここに残しておく。

長椅子の上には「軒」や「ひさし」がちゃんとあってとっても良い風景になっている。

よく、果物屋さんとかで雨の日の店先の上のひさしが伸びていてお店の外にも商品が突き出ている風景があるが、そのような風景は不思議と東京などの都会(都心から少し離れた街)に多く残っている。(お客さんの絶対数が多いため?)

近所のばぁちゃんが先日、我が家の前で・・・
「ちょっと日を避けて腰を掛けるところがあるとええほにな~」
「バス停で座っちょくとバスが止まるからね~」

ばぁちゃんのウォーキングコースには日陰になった長椅子が必要なのだ。


「帰ル堤」のこと

 長門市東深川の旧街道(赤間関街道)沿いに「帰ル堤(かえるづつみ)」という溜め池がある。 現在の長門総合病院前の道筋を西に進み、緑ヶ丘にて国道191号線に沿うように街道を進むと直ぐに左手にため池が現れる。このため池はいつの頃からか「帰ル堤」と呼ばれ、そこに大きなエノキがあったらし...