「ひよっこ」の頃

今年の春から始まった連続テレビ小説「ひよっこ」の時代設定が昭和41年から42年にかけての時代で(1966年から1967年のころ)、自分はテレビにくぎ付けの小学生だった時代のことだ。

ウルトラマンやウルトラセブンに夢中で日曜日の午前中の放送(首都圏エリアから1週間遅れの放送)が楽しみだったころに、もう一つとっても記憶に残っている番組があった。

同じく日曜日の午前中だったと思うがウルトラシリーズの前後どちらかに放送された「兼高かおる 世界の旅」という番組だ。

これもTBS東京放送の番組で、KRY山口放送(日テレ系列)の系列違いなので記憶が前後して覚束ないのだが頭の中ではウルトラマンとセット番組なのだ。(この頃はまだTBS系列のTYSテレビ山口はまだ開局していなかった。)

「みゆき野球教室」(日テレ系列)もたまに見ていた。

三井グループの提供で「三井ワールドアワー」という言葉で始まるこの番組はなぜか魅力的で毎週見ていた。

1966-1

1966-2

1967
パンアメリカン航空の協力?による当時としては画期的な放送で兼高かおるさんが世界中を旅して国々を紹介していく番組で、芥川隆行さんの語りと進行が兼高かおるさんの説明と喋りをとても魅力的なものにしていた番組で、お二人の品の良さと世界中の見たことのない景色を小さなテレビ画面で満喫していた。

今思うとこの記憶が後のFMラジオ放送の「ジェットストリーム」につながっていったように感じる。

昭和41年というとビートルズの来日公演や連続テレビ小説「おはなはん」の時代で、高度成長期に向けて変わっていく時代のプロローグであったと今になって思う。

昭和42年は私にとってみればGSブームやツィーギー来日の頃で、この頃に初めてカラーテレビを見たように思う。

当時の「ビートルズ」、「GS」、「ツィーギー」とすべて反体制的(または反教育的)なものでテレビに映るたびに親が文句を言っていたように思う。特にビートルズとGSの髪型には特異な反発を見せていたことを小学生ながら思っていた。

外国から入ってくるものが日本の慣習や風潮に合わない場合、一旦は阻害される時代だが今思うとそれはそれで面白く思える。

いつの時代も若者が好きなものは年寄が一旦文句を言う、そしてその年寄になろうとしている自分がいることが楽しい。けっして嫌ではないのだ。




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