2018年7月14日土曜日

旧長門市街を歩く~その4

今回は「ヤキトリの町」を思い出しながら長門市駅周辺のお店の風景を辿ってみる。

2012年06月25日撮影

2008年05月07日撮影-1

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何時からか「ヤキトリの町(街?)」と呼ばれだしたが、確かに長門市駅周辺にはやきとり屋さんが多かった。

夕方から長門市駅を出て線路沿いの道を歩くと、開けっ放しの入り口から漏れる香ばしいヤキトリの匂いと煙りで包まれていた記憶がある。

国鉄長門機関区にて汗まみれになって行われるピットでの機関車の点検整備、クレーンによる石炭の積込みなどの仕事の風景がこれらの焼き鳥屋さんから発するヤキトリの匂いと重なって古き時代が蘇ってくる。

遠くは釜石の鉄鋼業、九州は筑豊の炭田や八幡の製鉄業など今で言う「ヤキトリの町」を彷彿させる風景がすべて「駅」を中心に思い起こされる。

九州で言うと昭和の時代の「折尾駅」を私は思い出してしまうが、やはり複数のターミナルを持つ地方の拠点駅は記憶に残る風景が多い。

長門市のこれらの焼き鳥屋さんも一つの時代の象徴となっていることは間違いないと思う。
日本における「鉄道」という環境文化を作り上げてきた先人たちに乾杯!


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