大津高校の近辺のこと

今の「大津緑葉高校大津校舎」は統合再編されて4年が経つが、「山口県立大津高等学校」の頃に入学した生徒はすっかり卒業して大津緑葉高校が定着してきた。

下の写真は5年前に撮影した写真だが、入り口の学校名がとっても見づらいが「山口県立大津高等学校」となっているもの。
2012年06月03日撮影



下の2枚の写真は今年の6月の撮影。
2017年06月09日撮影-1
正面に見える踏切は、仙崎線「田中踏切」という。なぜこちらが「大津高校前踏切」ではないのか?


下の写真の踏切が「大津高校前踏切」となっていて、仙崎線に「大津高校」の名前が残っている。
2017年06月09日撮影-2

ちなみに大津高校の住所は確か、長門市東深川田屋・・・という住所であったと思うが、自分の中では田屋という住所は仙崎に属している。


自分がこの高校に通っている頃、こんな名前の踏切があったとは知らずに自転車で通り過ぎていた。ヤクルトの販売店?の前を通ってこの踏切を抜けて、わざわざ仙崎廻りで三隅に帰っていた時期がある。
その理由は2つあって、一つは国道191号線で順当な指定通学路を帰ると、今の長門総合病院の入り口前あたりから小浜辺り(現在の「仙崎交差点」)までの道路が狭く、自動車と接触しそうな思いで自転車を漕いでいたため。
もう一つは、腹がへっているときに仙崎にあった「ばか盛」といううどん屋さんに寄ってうどんやラーメンを食べて帰れるという単純な理由だ。

実は何年か前にまだ「ばか盛」というお店が建屋だけでも残っているのかどうか確認に行ったことがあって、記憶の中の場所の近辺をウロウロしてもどこに建屋が在ったのか記憶が跳んで分からなくなってしまっていた。情けなくなってあきらめて帰ったことがあるのだ。

今度行ったら近所の材木店の方にでも聞いてみようかと思っている。

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